花樣方言 無意識

2016/07/20

ピカチュウめちゃくちゃな声調で広東語を話している人に、どこで習ったのかと聞いてみたことがあります。答えて曰く、「語学教室で習ったのだけど、友達の香港人に声調について聞いたら全くわからないと言われたので、それ以来、声調は気にしないで話すことにした」とのこと。ネイティブスピーカーからの情報によって間違った外国語を覚えてしまうということは実はよくあることなのですが、この事例はその典型であり、しかも、最悪に近いレベルです。
100歳で亡くなられた東京外語大の元学長、鐘ケ江信光名誉教授の『中国語のすすめ』(1964年)は、これ以上やさしくは書けないというくらいやさしく中国語を解説した一般読者向けの名著です。この本の中に、若き日の著者が声調について中国人に質問したときのことが書かれています。中国人は「声調」というものを全く知らなかった、と。このことは、中国人は声調をいいかげんに話している、ということを意味しません。それどころか、北京人は北京語の声調の規則を絶対に間違えないし、香港人なら広東語の声調を絶
対に間違えないのです。言葉は脳と口が自動的に動いて作り出されていて、本人が認識できているのは言葉のほんの一面に過ぎません。この無意識の領域から生まれてくる言語現象はとても基本的かつ規則的で、意識が及ばない分、理由のない余計な変形は起こりにくいのです。ネイティブスピーカーが説明できないような問題こそ学習者にとって重要度「高」、ぐらいに肝に銘じておくとよいでしょう。
ピカチュウは「ピカ」とか「ピカピカ」とか「ピカチュウ」しか言いませんが、たったこれだけの発話でも、よく聞くと厳格な発音の規則によって縛られていることがわかります。すなわち、1拍目の「ピ」が高ければ2拍目の「カ」は低くなり、逆に1拍目の「ピ」が低ければ2泊目の「カ」は高くなります。つまりピカチュウ語のアクセントは、●○~と始まるか○●~と始まるかのどちらかなのです。これをピカチュウの法則と名付けるか、あるいは第一発見者である(可能性が高い)わたくしの名前を付けてもいいですが、しかし残念なことにこの法則は、何のことはない、ただの東京アクセントの規則にほかなりません。東京生まれの声優の大谷育江さんのアクセント。無意識のはずなので、東京語のネイティブスピーカーなら、何か規則を守っているという自覚はないはずです。要は、「癖」なのです。ピカチュウの言葉を普通の東京弁だなんていったら興ざめじゃないか、って?…でも物語の最初の舞台は、「カントー」地方だったじゃないですか。
日本語のアクセントの規則の複雑さは中国語の声調の比ではありません。日本語アクセントというパンドラの箱を開けてしまった熱心な外国の学生が的を得た質問を浴びせてきたら、エセ日本語教師はたちまち馬脚をあらわすことになります。東京の言葉で、食べる、生きる、落ちる、など一段活用の○●○型の動詞は、食べた、生きた、落ちた、などの場合には●○○とアクセントが変わります。一般の東京人は普通、他者に指摘されて初めて、自分がこういった規則で話していることに気付きます。「食べる」も「食べた」も等しく○●○と言うのは「他地域の出身者」ということになってしまうのですが、形容詞の場合はどうでしょう。赤い、硬い、厚い、などが○●●、白い、高い、熱い、などが○●○、と2種類の型があります。「~た」の形では前者が、赤かった○●○○○、後者は、白かった●○○○○。これが最近、終止形では前者が後者に、そして「~た」では後者が前者に、統一される方向への変化が見られています。形容詞のアクセントの型の統一は実は京阪が最も早くて、明治の初期にすでに完了してしまっているのですが、関西弁のこの際立った特徴を知っている市井の関西人はおそらく皆無でありましょう。
規則の複雑さの極まりは名詞が複合語になったときの変化で、中国、中国人、中国語、と言うとき東京アクセントではそれぞれ●○○○、○●●●○○、○●●●●となり、関西では、○●○○、○○○●○○、○○○○●、いずれも理由があって、こうなるべくしてこうなっているのです。このような規則が山のように積み重なり寄せ集まって、日本各地のアクセントはできあがっています。言語に「めちゃくちゃ」や「いいかげん」は存在しません。
日本語アクセントの基礎形に最も近いのが京阪式アクセントであることを知っていたロシアの言語学者ポリワーノフは、特に古い形を保持しているのが土佐弁であることまで見抜いていました。日本の学者が方言のアクセントの重要性に気付くのはポリワーノフが46歳の若さで亡くなってからずっと後のこと。言語の研究者は、こつこつと地道なタイプは長寿、ひらめき型の天才肌は短命、という法則があるような気がしてなりません。

大沢さとし

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