花様方言 中国の皇帝の名前と押韻の関係

2016/01/07

観音様の名前「観世音」が「観音」になったのは「世」の字を名前に持つ李世民が唐の第二代皇帝になってこの字が使えなくなったからだ、といわれることがあります。事の真偽はともかく、このようなことは避諱(ひき)といって昔の中国ではあたりまえのことであり、皇帝の名前の字の使用はあらゆる場面で許されません。皇帝の権力の絶大さを説くのに観世音菩薩を引き合いに出すというのは確かに効果的です。また、第九代の玄宗皇帝は、書経の中の「無偏無頗 遵王之義」の「頗」と「義」が韻を踏んでないのはけしからんとして、「頗」を「陂」に変えさせています。(書経とは中国最古の歴史書。日本の元号「昭和」「平成」などもここから取っています。)ゴダイゴ1
「頗」は「偏」と同義で、「かたよる、不公正」の意味。これが「義」と韻を踏んでいないからと、「陂」(山の斜面、転じて、邪悪・不正、の意味)に改ざん。しかし言語学的な手法で漢字音を分析できる現在では、「義」と「頗」は書経の書かれた時代にはしっかり韻を踏んでいたとわかります(日本語漢字音でいうなら、「皮、被、疲」などの「ヒ」と「波、破、頗」などの「ハ」、「義、議、儀」などの「ギ」と「我、餓、蛾」などの「ガ」。両者は共通して「i」と「a」の両韻を持っています)。玄宗皇帝は漢字の発音が書経の時代と自分の時代で変化していることに気づかなかったのです。おかげで「頗」の字はとんだ冤罪の憂き目にあったわけですが、もとより宋代以前の一般人(皇帝も含めて!)に語音変化とか古音といった概念はありません。漢語古音研究の幕開けは時代を下って明代後期の学者、陳第の登場を待つことになります。
韻を踏むということが、そんなに重要なのかって?…はい、とても、重要なのです。書経や詩経など紀元前の中国最古の文献からすでに押韻は見られ、正しく押韻した文章が書けないと科挙に受からず出世の道がはばまれるばかりか、へたに韻を踏み間違えて皇帝の機嫌をそこなおうものならそれこそ命まで落としかねません。英語の「rhyme」(韻)という語がギリシャ語起源のようなつづりになっているのはギリシャ語の「rhythm」(リズム)との混同・類推だとされますが、ポエム(詩)、シアター(劇場、テアトル)、アニメの「キャラ」などのキャラクター、メロディー、プロローグ、エピローグ、エピソード、シーン…などなど演劇や詩歌関係の用語の多くはギリシャ語起源であり、ヨーロッパでも古代ギリシャの時代から押韻は当たり前だったのです。押韻は現代のビートルズや香港の広東語流行歌に至るまで、脈々と数千年間、受け継がれてきています。
和歌など日本古来の詩歌は、なぜか韻を踏みません。掛詞はあっても、押韻はしないのです。「ビートルズの歌詞は韻を踏むことだけ考えて作られているので(歌はいいけど)歌詞には大して意味がない」…こういった発言を以前よく耳にしました。日本では、押韻を理解しない古代日本人の気質が脈々と受け継がれてきたのでしょうか。押韻を否定するということはシェークスピアやアリストテレスを否定するということであり、もし昔の中国で皇帝に向かって押韻は無意味だなどと言おうものなら釜ゆでの刑に処されかねません。日本人が押韻させてこなかった日本語のrhyme、香港の広東語歌謡の大御所サミュエル・ホイは『日本娃娃』(1985年)という歌の中で、日本語の単語を存分に押韻させて使っています。…中森明菜(当時香港で大人気だった)に似た日本人形(娃娃=ワーワー)のような日本人の女の子に出会って、コンバン「ワー」と声をかけ、ワタシ「ワー」、アナタ「ワー」と話をしてナンパに成功、トヨ「タ」に乗ってカサブラン「カ」に踊りに行き、スシ「バー」、テンプ「ラ」、彼女曰く、アリガトゴザイマシ「ター」。けれど最後は彼女のパ「パ」が出てきて、ナンデス「カー!」と怒鳴られ、サヨナ「ラー」とお別れ…。尖尖下「巴」、唔係講「假」、我屬御三「家」、日本「化」、肉「麻」、豪「華」、など「ア」の韻づくしの中に混ぜられた日本語も全て「ア」の韻。ポケモンの『ポルカ・オ・ドルカ』に先駆けることおよそ20年、日本語押韻歌(?)の傑作です。1985年はアニタ・ムイが『壞女孩』(シーナ・イーストンの『ストラット』のカバー)を出した年でもあり、「Why,why,tell me why」というサビの部分で英語の「why」に、分「解」、變「壞」、乖「乖」、太「壞」と、広東語の「アーイ」の韻を押韻させて、同じく好評を得ています。
ラップでは押韻をライミング(rhyming)といっています。妖怪ウォッチの歌を担当しているユニット、キング・クリームソーダ(イギリスのロックバンド、キング・クリムゾンのもじり)にはゲラッパーことmotsuさんという強力なラッパーがいて、ダジャレ好きな現代日本の子供たちに見事な日本語ライミングを披露してくれました。子供は「小皇帝」なのだそうですが、昔も今も、皇帝はシャレが大好きなのです。
大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

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