花様方言「妖怪ウォッチ」からみる日本語の韻

2015/12/28

『妖怪ウォッチ』の劇場版第1作がこのクリスマス、ついに香港で封切り。日本での公開はちょうど1年前で、冬休みの映画なのに前売り券が夏休みのうちにほぼ完売するという、とんでもない記録を打ち立てた、人気がピークだった頃の作品です。昨年末は主題歌『ゲラゲラポーのうた』と『ようかい体操第一』がNHK紅白、レコード大賞、有線大賞などに引っ張りだこ。テレビアニメは現在100話に到達していて、香港ではだいたい1年遅れで60話まで来ています。
妖怪ウォッチはポケモンのような無国籍的(?)な設定とは違って日本文化の下地がはっきりとしていて、続々と創作される妖怪の名前や歌などに一貫しているコンセプトは、ダジャレ。ポケモンにも「マーイーカ」というイカ(烏賊)の形をしたのがいましたが、妖怪ウォッチの妖怪の名前はほとんどがこの形式で作られています。「ヒキコウモリ」は引きこもりのコウモリ、「ねちがえる」は寝違える蛙、「大後悔船長」は人に後悔(航海)をさせる船長、「ネタバレリーナ」はネタばらしをするバレリーナ。
ドラえもんの道具「ほんやくコンニャク」は「翻訳」と「蒟蒻(コンニャク)」が見事に韻を踏んでいるのですが、この2語は日本語漢字音でないと韻を踏みません。「どこでもドア」は、「ど」と「ド」で頭韻になっています。押韻や掛詞(かけことば)は翻訳家泣かせ。もとの言葉の味わいが翻訳では表せませんから。妖怪ウォッチの場合、ダジャレが通じないと面白さがかなり目減りしてしまうので残念です。引きこもりの妖怪がコウモリの姿なのも、バレリーナがネタバレの妖怪なのも、「リー夫人」が理不尽なのも、みんなダジャレなので。京極夏彦氏の小説『塗仏の宴』に、「妖怪は呼び名が凡(すべ)てです」という、ひと言で妖怪の本質を言い当てた名セリフがあります。妖怪ウォッチの妖怪はギャグの権化であり、本質はダジャレですから。
子供はダジャレが大好き。特に男の子は。最近特に実感したのは、いま人気のイギリスの児童書『ヒックとドラゴン』の日本語訳を見たとき。ドラゴンの言葉が話せる主人公ヒックが、わがままなドラゴンの子供を手なずけるのに使う最終手段は「joke」(ジョークを言う)、これが日本語版で「ダジャレを言う」と訳されているのです。ディズニーとピクサーの今年のアニメ『インサイド・ヘッド』の日本語版で、子供の嫌いな食べ物のブロッコリーをわざわざ日本の子供の好き嫌いに合わせてピーマンに変えてあるのと同じ配慮でしょうか。百人一首、中納言行平「立ち別れ いなばの山の みねにおふる まつとし聞かば今帰り来む」。「松」と「待つ」をかけた古典的なシャレ歌。昔から日本人は掛詞を洒落(しゃれ)たものとして楽しんできたのですが、品位を失えば「駄洒落」としてさげすまれ、また近年では「おやじギャグ」といわれて、場違いなシャレの多発は敬遠されてきたようです。でも、日本の子供たちはやっぱりダジャレが大好き。最近のダジャレ復興の傾向は、昔と比べて格段に進歩したアニメの主題歌・挿入歌(アニソン)をよく聞けば納得できるはず。ダジャレと呼ぶにはもったいない、中納言級の掛詞がふんだんに使われていますから。
P28 Godaigo_519-01ヨーロッパの詩や漢詩では押韻は当たり前です。これは現代の流行歌でも同じ。香港の広東語の歌も、韻を踏んでないものなど考えられません。しかし日本語の歌では、本格的に押韻しているのは1990年代以降に普及したラップぐらいなもの。日本語ラップの先駆けともいわれる佐野元春はすでにデビュー曲『アンジェリーナ』(1980年)で、…「車」が「来るま」で闇に「くるま」って…、と歌っています。ニューヨークから流れてきたアンジェ「リーナ」がバレ「リーナ」なのも、まさにダジャレ(押韻)以外の何物でもありません。太鼓の「ビート」を浮世人(うきよびと→ビート)とかけた『祭り囃子でゲラゲラポー』、…京で尾張よ(今日で終わりよ)…と歌う恋と旅路の歌『初恋峠でゲラゲラポー』、日本語にはまだまだたくさん、遊べる空間が残されています。
家の中でよくリモコンが見つからなくなるのは「りもこんかくし」という妖怪のせい。この名前はダジャレではありませんが、広東語訳のほうが「電視妖控」と、遥控(リモコン)の遥(イーウ)を妖怪の妖(イーウ)とかけた掛詞になっています。待つことができなくなる妖怪「まてんし」は「魔天使」と「待てんし」のダジャレ。広東語版では「鄧吾徹」。広東語で「待てない」(等唔切)に似た発音、かつ、人名のようになるよう仕立てられています。第51話に、ジバニャン(赤い色をした猫の地縛霊。メインキャラ)がパンダの扮装をするシーンがあります。広東語で「紅貓」(赤い猫)は「熊貓」(パンダ)と同じ発音「ホンマーウ」。香港でこのシーンを見たとき、ハッとしましたね、すごい偶然。日本のスタッフは全く意図していなかったはず。やっぱり妖怪ウォッチは広東語でも面白いです。
大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

 

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