花樣方言 ラリルレロ

2015/10/27

Vol. 75
<ラリルレロ>

ふるえで出す音らくだ(駱駝)、りんご(林檎)、るす(留守)、れんこん(蓮根)、ろば(驢馬)。ラリルレロで始まる日本語の単語は全てこのように漢語起源か、でなければ、ランプ、レンズ、ルビー…のような外来語です。日本語の固有語、すなわち、やまとことば(和語)にはラ行で始まる語は存在せず、ラ行音は、からだ、とり、かえる、これ、こころ…のように必ず語頭以外の位置に現れます。
この特徴は、韓国語やモンゴル語やトルコ語やツングース諸語など、かつて「アルタイ語族」と呼ばれていた言語群に共通するものです。日本語とアルタイ諸語にはほかにも多くの共通点がありますが、だからといって日本語が韓国語やモンゴル語と同系であるという「証明」にはならず、隣接する言語群は似た特徴を持つ、という、世界中で普遍的に見られる「地域的特徴」の範囲を越えるものではありません。
ラ行は、面白いです。日本語だけでなく、世界中の言語で。Rで表される音はМやNやSなどとは違って言語ごとに一様ではなく、様々なバリエーションがあります。あえていえば主流は「ふるえ音」で、これはイタリア語やスペイン語やロシア語など多くの言語にある、舌先を震わせて一瞬のうちに何度も舌が上の歯茎を叩く音です。日本語なら江戸弁のラリルレロがこれに相当します。昭和アニメの人気作『ど根性ガエル』で、すし屋の梅さんが言う「ひルろろろろし~!(ひろし)」のような見事なべらんめえ調を使える人は今ではめっきり減ってしまいましたが。日本語の普通のラ行音は「はじき音」で、舌先で1回だけ上の歯茎を叩きます。アメリカ英語では「water」が「ワラー」のようになりますが、このとき生じるのが日本語のラ行音にとても近い音です。スペイン語では両者で意味の区別があって、「perro」(ペルロロロロ)は「犬」、「pero」(ペロ)は「しかし」。フランス語のRはおよそRには聞こえない音で、「のどひこのR」と呼ばれ、舌先ではなく舌の奥を使って出します。「グ」や「フ」に聞こえたりします。ブラジルのポルトガル語では、サッカーの「Ronaldo」(ロナウド)は「ホナウド」のように聞こえます。
Lの音色にも若干の幅があります。一般的なLは「明るいL」。英語の「angel」などの、こもったような「ウ」に聞こえるのは「暗いL」。「そり舌のL」はインドの言語で多く使われます。ブラジルのポルトガル語ではほとんど[w]になるので、「Ronaldo」は「ロナウド」(ホナウド)、「Brasil」は「ブラズィウ」なのです(ポルトガル語ではBrasil、英語ではBrazil)。モンゴル語の「Л」(L)で表される音は、いわゆる「モンゴル語的な響き」として知られる独特な音で、LであってLでない音です。広西の南寧などの広東語方言では、この音はLの変種としてではなく、広州や香港の標準的広東語の[s]に対応する音として現れます。広西の広東語を「モンゴル語的」と感じたことはもちろん一度もありませんが。
アジアの言語などで素直にアルファベットがあてはめられないような音には、近い音であると主観的に判断された(あるいは、誤認された)文字があてられます。北京語のピンインのR(語頭)がその一例。実際は、そり舌の無声摩擦音「sh-」と対を成す有声摩擦音です。北京語ピンインより300年早く作られたベトナム語ローマ字のRも「ジャ」や「ザ」。中国語や現代ベトナム語のラ行音はRではなくLですから。北京語ピンインは1930年代に中国北部で使われた「ラテン化新文字」を基礎としていて、有気音にK、T、P、無気音にG、D、Bをあてるなど、多くの特徴を踏襲しています。なぜこの表記法を採用したのかは、ピンインを作った本人が現在109歳でまだご健在なので、タイムマシンを使わずとも(せめて、どこでもドアがあれば)直接聞いてみることが可能です。
英語の、「ワラー(water)のラ」でない普通のRも独特で、舌先を上あごに接触させない「接近音」と呼ばれる音です。アメリカ英語ではこれがそり舌になり、北京語の末尾のR(erなど)はこれと同じ特徴を持ちます。アメリカ映画には変な英語を話す外国人キャラ(エセ外国人)が登場しますが、スペイン語訛りのつもりであれアラビア語訛りのつもりであれ、はたまたドイツ語訛りのつもりであれ、とにかくRをふるえ音やはじき音で置き換えるのがステレオタイプな特徴です。笑福亭鶴瓶が大阪弁で吹き替えた怪盗グルーは原版ではスペイン語訛りのつもりの「震えるR」の使い手。『アナと雪の女王』では、山小屋のぼったくり商人オーケンがRを響かせてしゃべります。ノルウェー人が英語を話したらこうなるだろう、という見事なモノマネ。何度聞いても笑えます。実際には、あのような英語を話すノルウェー人はいないとは思いますけどね。アナが崖から飛び降りるシーンでは、「1,2」と数えて次の「3」のところで木が飛んできます。ノルウェー語では「3」が「木」と同じで、「tre」。Rを響かせて、「トレー」。…この場面、ダジャレなのです。

大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

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