開成学園講演会「日本の教育改革と帰国生に期待すること」日本人倶楽部

2015/11/10

開成学園教育講演会、開成中学校・高等学校校長 東京大学名誉教授 柳沢幸雄

去る10月18日(日)香港日本人倶楽部において、ハーバード大学、東京大学で長く教壇に立ち、2011年より校長として開成中学・高等学校の教育を牽引する柳沢幸雄氏の教育講演会が開かれた。当日は超満員の中、日米のトップ集団の教育についての豊富な経験をもとに、日本の教育の問題点、日本とアメリカの社会の違い、トップダウンアプローチによる受験校選択など話題は多岐に及んだ。参加者は、海外生の教育について現地で気を付けるべきこと、帰国後の学校選びの指針など、自ら二人の子供を海外で育てた経験に基づいた貴重な話に耳を傾けた。講演終了後には、開成中高の現役教師と、香港で活躍する開成高校卒業生による個別相談の時間が設けられた。

柳沢幸雄氏の教育講演会10月18日 香港日本人倶楽部 松の間にて
■海外在住の子ども達が直面する日本の教育現場
海外のような異なる環境の中で子供を育てる場合、どうやって子供を育てていくか心配事は尽きないと思います。さらに帰国が近づいてくると、子供が日本の教育に馴染めるだろうか、日本の中学・高校に受かるだろうか、多様な個性をみとめてくれる学校であるかどうか、など日本の学校教育への不安が重なると思います。
将来世界に羽ばたく人材となるために、どのように子どもと接するべきか、海外で活躍する人材になるためにどのような観点から学校を選ぶべきかなどをお話したいと思います。

《子どもとの接し方》
■自立した子どもになるために
親が最終的に目指すこと、或いは最低限の望みとして、「子供に独り立ちしてほしい」、「子供が今の自分の年齢になった際に、世に生きていけるようになってほしい」ということが挙げられると思います。生き物の摂理として、親は子供より先に死にます。自分が死んだときに、子供がちゃんと生きていけるかどうか。生きていける力を子供にきちんと授けることができるかどうか。それが子育ての中で非常に重要な課題だと思います。
それでは、子供が自立するためには何が必要か?それは「自己肯定感」だと私は考えます。自信があって、「自分がやっている仕事が世の中に役に立っている」、「自分が社会から必要とされている」という自己肯定感を持つことができれば、自分の生き方に自信が持てます。このため、子供にどういう形で自信をつけさせるか、どのように自立を促すかが親として重要な務めになると考えています。

■自信の持てない若者が多い現代日本
しかしながら平成26年の「子供、若者白書(内閣府調べ)」で行われた調査によりますと日本の若者の自己肯定感は他国に比べて非常に低い。日本の若者の自己肯定感が46%である一方で、韓国は72%、アメリカ、イギリスは共に80%超という結果に。特に20~24歳の若者の自己肯定感が低くまさに社会と直面する時期、独り立ちすべき時に、自己肯定感が安定している若者が4割を割っているという結果になりました。これは非常に憂慮すべき事態です。
もう少し話を進めてみましょう。15~34歳の仕事もしていない、教育も受けていないNEETと呼ばれる人たちは全体の2%に上ることが分かりました。100人若者がいたら、その内の2人がNEETということです。そして、フリーターと呼ばれる、いわばアルバイトをしながら暮らしている若者の割合は7~8%。つまり、約10%の若者がNEETもしくはフリーターなのです。
では、なぜこのような状況に陥ってしまったかというと、同調査によると引きこもりになったきっかけとして、「職場になじめなかった」というのが一番多いのです。2番目は「病気」、それから「就職活動がうまくいかなかった」が続きます。私は、これらは小学校、中学校、高校での人との接触がうまくいかなかった、こういうことの表れであると考えています。

参加した皆さん■自立した子どもになるために
子供が自立するために何が必要か。ここで、親の立場から少し子育てを考えて見てみましょう。親にとって子供は可愛い存在です。どんな金銀財宝よりも大事でしょう。ここで重要なのは、自立を迎えつつある子供への理解を深めること。それは保護者自身の子離れにも繋がります。
自身の子供時代を思い出してください。いつから、異性の親とお風呂に入らなくなりましたか?そして、入らなくなったきっかけは何だったのでしょうか。親から「お前もう1人でお風呂に入れ」とは言われなかったと思います。子供の方から、自然と異性の親とお風呂に入らなくなったはずです。
一方、子離れはどうか。人間以外の生き物は本能ではなく、必然として親は子供の自立を促します。なぜならばほとんどの生物が子供が自立する頃、親の寿命が尽きてしまうためです。しかし、人間の親は極めて寿命が長い。子供が自立をし始めると、それから大体60年、長い場合は80年近く生きているかもしれません。つまり親は、意識して子離れをしなければならない。その「子離れ」のタイミングは、子供が無意識のうちに離れ始めた時です。そのタイミングに上手く親が合わせていければ、子供は社会の中に上手く溶け込むことができるのです。子供が40歳になった時に親が子離れをしようと思っても、子供は社会の中で居場所がありません。ですから、子供が本能として親離れをしようとしたときに、親は意識して子離れをする。このことが、子供が自立するうえで非常に大事なことだと思います。

《海外で活躍する人材になるために》
■ハーバード生と東大生の違い
では、次に世界各国の若者が示しているような自己肯定感や自信といったものをどのようにして身につけさせていくかを考えましょう。私は10年以上アメリカのハーバード大学の公衆衛生大学院で教鞭を執っていました。そこで感じたのは、アメリカの学生というのは、非常に自信満々に発言をするということ。
その後、東京大学大学院で環境学を教えてきましたが、東大生を見て一番最初に驚いたのは、知的刺激に一切反応しないということです。どんなに工夫をこらして興味を引くような話し方をしても、みんな眠ったような形で聞いている。
東大生がサボっている、という訳ではありません。日本社会は「沈黙は金」、「以心伝心」を美徳とする社会です。彼らは、これから入っていく社会が求めているものは何か、それを明確に意識しているのです。ですから、私がどんなに知的刺激をしようと餌をまいても、決して食いつかない。まず、誰かが食べるのを見てから、自分も食べようとする。
その後、私は開成中学・高校の校長になりました。そこで感じたのは、開成中学・高等学校の生徒、そして日本全体で高校を卒業した時の生徒のレベルは世界一である、ということ。これほど鍛えられている18歳の集団は私は他にはないと思います。知識においても、精神的成熟度についても日本の高校生は素晴らしい。
以前開成の卒業式で、東京大学で教えてきた私の経験から、開成の卒業者が大学で伸び悩んでいることを強く憂慮していることを述べました。「18歳の時に世界一だった諸君が4年間社会に順応していくうちに、日本一ではなくなってまう」と。大学在学中にこういうことが起きるべきではないと考えます。

■自己肯定感を身につけるために大切なこと
それでは、輝きを失わないためにはどうしたら良いか。どうしたら、若者たちに自信を持たせることができるのか。私の経験から大切だと感じているのは「褒める」ということ。英語において、褒め言葉は非常にたくさんあります。例えばamazing、awesome、brilliant、cleverなど。その状況に応じて褒め言葉を使い分けており、それだけ褒める機会が多いのです。
こういう話をすると、一体どうやったら褒めることができますか?といった質問が挙がります。私が褒めることで一番大切にしているのは具体的に褒めるということ。いいね、かっこい
いね、努力したねでは不十分。何か具体的な項目に対してよくやったね、good jobというように褒めるのが大切なんです。具体的に褒めることによって、子供は自分は受け入れられていると感じます。そして、なおかつ具体的な項目ですから、褒めることにより親の価値観を子供に伝えることができます。たとえば、3ヶ月前、子供部屋がゴミだらけだったところ、今朝見たら、結構綺麗になっている。これは明らかな変化です。つまり、そうやって褒めることによって親が持っている望ましいと思う価値観、それを具体的に子供に伝えることができるわけです。
講演会が終わって

■学校選びの考え方
自己肯定感の高い人生を過ごすために、具体的な選択の場でどう考えたら良いのかについてお話したいと思います。例えば、どこかの中学を受験するとき、あるいは就職試験を受ける時、どういう学科、企業にチャレンジするのか。2種類の方法、「ボトムアップアプローチ」と「トップダウンアプローチ」があると考えています。
「ボトムアップアプローチ」は、例えば中学、高校の受験校を選択する際に、現在の自分の学力を鑑みて受験先を決めるなど、受験偏差値に基づいて受験校を決めるという方法。しかし、この方法では自身の意思が反映されておらず、人生はフラフラした焦点の定まらないものになってしまう危険性があります。
一方「トップダウンアプローチ」とは、長期的な視点に立って、自己肯定感、満足感を得られるかどうかといった目線から選択を行う方法を指します。ここで重要なのは好きなことを見つけることです。中学、高校で時間を忘れるくらい夢中になれる好きなことを見つけてください。そして、次に重要なのは、好きなことに関連する職業を想定すること。具体的にサッ
カーで考えてみましょう。サッカーが大好きな少年、少女。J1とか、なでしこの選手になるのもいいと思います。だけどもう少し、柔軟に思考すると、サッカーに関連する職業はたくさんあるんですよ。たとえば、サッカーチームを経営してもいいじゃないですか。サッカーチームに入って広報、総務、会計、スケジューリングなどに従事してもいい。それから、スポーツ医学の専門家。選手の契約の際の顧問弁護士もあります。あるいは、マスコミになってワールドカップの報道記者、あるいは学校の先生になって次の世代を育てることなどもできます。このように、サッカーに関連する職業というのはいくらでもあるのです。そして職業が想定できたら、専門家として必要な知識や技術をどこで学ぶかが重要になってくる。どこで学ぶのかきまったら、どういう高校にいけばいいのか決まってくる。つまり、上からだんだんとトップダウンで決めて行きます。子供ですから、毎年毎年想定する職業が変わってきてもいいのです。それは子供の成長の証。山登りに例えるならば、山は上に登れば視野が広がります。

■開成学園について
私は2011年に開成学園の18代目の校長になりました。開成学園というのは、一言で言うと「毎日の通学が楽しい学校」。通学が楽しいとということは学校選びの重要なポイントです。学校に通うのが楽しいと実に様々なことが頭に浮かび、知的成長することができます。
校長がただ単に「開成楽しいですよ」と述べているわけではなく、毎年6月と10月に全校生徒を対象に行っているアンケート調査で結果が表れているのです。「学校に通うのが楽しいですか」という問いに対して、「楽しい」「まあまあ楽しい」「あまり楽しくない」「楽しくない」この4択から選んでもらっています。これと同じ質問が中学3年生が行う全国学力テスト後のアンケートにもありますが、楽しい、まあまあ楽しいと答える子供の割合と比べて、開成では楽しい、まあまあ楽しいと答える生徒の割合が極めて高く、97%以上です。
我々は学校生活が楽しくなる工夫を一生懸命しています。「楽しい」「まあまあ楽しい」という生徒に対しては、手も出さず、口も出さず、ずっと見守って自由にやらせます。一方、「楽しくない」「あまり楽しくない」と答えた生徒に対しては、色んな先生のチャネルを通して満足度を上げていく。どこに原因があるのかを突き詰め、そしてそれを解決するためにいろいろな方策を施していくのです。「楽しくない」と感じる生徒には、非常にきめ細かい指導をして、「楽しい」と感じている生徒は見ているだけ。それを、ずっと繰り返していく。大部分が楽しいと感じているわけですから、ある意味開成は面倒見が悪い学校です。ですけども、「楽しくない」と感じたら非常によく面倒を見てくれます。
開成の良いところは、生徒一人一人が楽しいと感じられるような居場所をいろいろな形で提供できること。その居場所というのがなにかというと課外活動です。授業というのはみんな一斉にやるわけです。英語嫌いな子供でも、英語を学ばなければならない。ただし、課外活動は自分で選べるんです。自分の好きなことをやる。たとえば、運動会、文化祭や学年旅行、これは生徒たちが全て企画します。マラソン、水泳、つまり入学して非常に多くの学校行事を経験できます。
また、開成ではいろいろな友達と出会え、それによって、竹馬の友ができます。それだけではなくて、先輩がいろいろ面倒を見てくれるので、その先輩、あるいは恩師との関係がずっと続きます。これは、私の例ですが、年に二回開成時代の恩師とゴルフにいく、そういうような機会が未だにあります。こういったように、卒業後も非常に長い関係が続きます。

■帰国枠について
開成は帰国生専用の入試制度はありません。ただ、開成の試験の配点を見てもらえれば分かるように、数学、国語、英語の配点が高くて、理科、社会の配点が低いため、海外生にとっては非常にやりやすいと思います。高校入試は英語が非常に難しいため、英語ができると、プラスになります。これは、従来から変えていません。実際に、帰国生(在留期間が1年以上で、帰国後3年以内)がどれくらいいるのかと言いますと、例えば今の高校1年生100名のうち帰国生は12名。去年は、100名のうち17名。一昨年は、11名。条件を満たさない海外居住経験者を入れると全体の2割は帰国生です。香港からは平成26年に1名、25年に1名、23年に2名、22年に1名、開成に入学しています。
開成のOBは、人生を肯定的に捉えられる人材が多いと感じています。つまり、何かに拘泥することなく充実感のある仕事をし、仕事を通して社会貢献を行い、家族、友人、知人と楽しい時間を過ごしている。困難な時期もあるが、大舞台でも活躍している。こういう風に捉えられる土台が開成で作られているのです。
最後に、開成という学校の名前は「開物成務」という信条に由来しています。物を開いて、務めを成す。自己の物、つまり素質を花開かせて、人として良い務めを成す。そういう務めを成し遂げて欲しいなと思います。

開成学園教育講演会開成学園教育講演会「日本の教育改革と帰国生に期待すること」
開成中学校・高等学校校長 東京大学名誉教授 柳沢幸雄
10月18日(日) 10:00~11:30
香港日本人倶楽部 松の間

 

柳沢幸雄氏柳沢幸雄氏プロフィール
開成中学校・高等学校 校長
昭和22年生まれ。開成中学・高校を経て東京大学工学部化学工学科、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。シックハウス症候群・化学物質過敏症研究の第一人者でもある。元ハーバード大学大学院准教授・併任教授。元東京大学大学院教授。現在は東京大学名誉教授でもある。平成23年より現職。

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