花樣方言 言語学用語の起源

2015/09/01

 

芝生の上の物体

ルイス・キャロル作『鏡の国のアリス』でハンプティー・ダンプティーは、「slithy」という謎めいた言葉はlithe(しなやかな)とslimy(ぬるぬるした)が合わさったものだ、とアリスに説明します。「二つの意味が、一つの言葉の中に詰め込まれている。まるで旅行かばんのようだろう」。『鏡の~』の邦訳は前作『不思議の国のアリス』よりも早くて、明治から現代まで、20人ほどの訳者による翻訳があります。「かばん語」という言語学用語の起源であるこの部分、ほとんどの訳者はおおむね上記のように訳していますが、日本の子供たちは百年来、これで納得してきたのでしょうか。どうして二つの意味が一つの言葉に入っていると「旅行かばんのよう」なのでしょう。

英語の原文での「旅行かばん」は、フランス語の二つの単語を組み合わせて作られた「portmanteau」。マント(manteau、外套)を運ぶ(porter)という意味です。そしてこのかばんは左右に開くと中に仕切りがあって、右側と左側にそれぞれ一そろえずつ、あわせて二そろえのマント(スーツ)を入れて運べるようになっているのです。そういうわけで、「二つものが、一つの中に」。「スーツケース」「二つ折りの旅行かばん」とした訳者もいます。この旧式かばん、現代ではすでに消滅していて、portmanteauといったら今は「かばん語」の意味だけになります。

かばん語という現象は、自然発生的にはあまり多くありませんが、新語や略語を作る場合、そしてまさにキャロルの物語の中の言葉遊びのような場合において本領を発揮します。日本語はかばん語の宝庫とされていて、海外でよく紹介されるのが「パソコン」や「カラオケ」、そして特に有名なのが「コスプレ」と「ポケモン」。スマホ、ガラケー、デジカメ、地デジ、ファミレス、ワープロ、ガンプラ、セクハラ、マザコン、ロリコン、ゼネコン、ボディコン、スポ根、これらは英語をかばん語にしているため外国人が面白いと感じるのでしょうが、日本には以前から、日銀、地検、国鉄、駅弁、活弁(活動弁士)、経済(経世済民)のように漢語によるかばん語の集大成があって、下地はすでにできあがっていたのです。ドタキャン、リケジョ(理系女子)のような応用型もあり、イケメン、取り説、でき婚、オワハラ(他社への就活を終わらせる嫌がらせ)、和語系も堅調。キムタク、トヨエツ、エノケン、人名もあり。

ポケモンの翻訳を担当した海外の方々は、ポケモンこそが日本語のかばん語の代表格…とでも思っているのでしょうか、720のポケモンの多くを、徹底してかばん語の形式で翻訳しています。かばん語とは、「ポケ」ット+「モン」スター、のように一部を取ってつなげるのが基本定義であって、「フシギバナ」のようにただつなげただけでは、普通はかばん語とはいわないのです。このフシギバナも、フランス語「Florizarre」、ドイツ語「Bizaflore」と、順序が違うのが面白いですがそれぞれフランス語のbizarre(不思議)とラテン語幹のflor-(花)をかばん語式に融合させています。「ポケモン」は確かにかばん語ですが、そのポケモンの名前のほとんどはかばん語ではないのですけどね。いかに日本のかばん語が彼らに強いインパクトを与えたか、よくわかります。

かばん語のポケモン名には、カクレオン、エレキッド、ボーマンダ、などがありますが、「エレキ~」や「~マンダー」はずっと前からすでに形態素(語を構成する、意味を担った最小単位)として使われています。サラマンダー=竜に似た架空の生物。「ゲリマンダー」は、選挙区の不当な区割り(かつてアメリカで、選挙区がサラマンダーに似た形になった)。日本でも、田中角栄のカクマンダー、鳩山一郎のハトマンダー、などが言われました。ボーマンダのドイツ語訳は「Brutalanda」で、brutal(乱暴な)+サラマンダー、英語訳は「Salamence」で、サラマンダー+violence(暴力)。ドイツ語ではサラマンダーの後半部を、英語では前半部を使っています。ラルース『言語学用語辞典』(1973年)などではこのように前と後ろをつなげる形式のみをかばん語と定義していて、スモッグ(smoke+fog)、ブランチ(breakfast+lunch)などがこれに相当します。広東語訳でボーマンダは「暴蠑螈」、サラマンダーは「イモリ」(蠑螈)も指すのでこう訳されたもようです。ボーマンダはイモリには見えませんけどね。ちなみにゲリマンダーも「傑利蠑螈」です。

『妖怪ウォッチ』は『ポケモン』よりギャグの要素が濃くて、妖怪の名前が強烈。ねくらまてんぐ(根暗な鞍馬天狗)、メラメライオン(メラメラ燃えてるライオン)、ひきこうもり(引きこもりのコウモリ)、メゾン・ドワスレ(メゾン・ド+ど忘れ)、サンタク老師(三択~)、ネタバレリーナ、…。『おぼっちゃまくん』の「茶魔語」をご存知でしょうか。「おはヨーグルト」「こんにチワワ」「そんなバナナ」「頭に北半球」「すいま千円」「さいならっきょ」。

大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

 

 

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