花樣方言 テレビアニメの妖怪が話す方言

2015/08/18

『妖怪ウォッチ』に出てくるキュートな狛犬の妖怪「コマさん」の口癖は「もんげー」、これが小学生の間で大流行。「ものすごい」という意味の岡山弁です。岡山での反応、当初は「今はもう使わない」「岡山県民も知らない」と冷ややかな声が多かったのですが、1年たって、現在、岡山県のオフィシャルサイトには次のような記載があります。『県が全国に向けて展開している「もんげー岡山!」のPRの一環として作成した「もんげーバッチ」が、平成27年7月18日から一般販売されていますのでお知らせします』。もんげー! ついに県を挙げての一大キャンペーンですか。この「もんげーバッチ」(原文のまま、8月2日現在。この文章以外の場所では「もんげーバッジ」)、なんと『※売り切れの場合もありますのでご注意ください』。もんげー!

『妖ウォ』のテレビアニメが香港でも始まり、「もんげー」がどんな広東語に翻訳されるか楽しみにしておりました。そしたらなんと、「もんげー」そのまま。字幕も「Monge」と出ます。もんげー!…もっとも、『あまちゃん』の広東語版でも「じぇじぇじぇ」はそのままでしたけどね、字幕は「Je je je」。

コマさんは田舎者の妖怪という役柄で、「もんげー」のほかに「~ずら」という文末助詞を使います。「岡山ではズラは言わないぞ」というのも当初の反応が冷ややかだった理由のひとつ。以前はテレビが変な方言を使うと地元から返ってくるのは批判的な声ばかりだったのですが、アニメキャラの「もんげー」を極めて肯定的に受けとめた岡山県の反応には時代の変化を感じさせられます。ちなみにこの「ずら」も香港のテレビでは「ずら」のまま。字幕は「zura」。

妖怪の絵妖怪と方言は相性が良くて、一反木綿(いったんもめん)が話す「がってんでごわす」のような鹿児島弁もどきも評判がいいです。昭和40年前後の妖怪ブームのときに大人気だった大映の『妖怪大戦争』、この実写映画の中で一堂に会した日本の妖怪たち、油すましが大阪弁、ろくろ首が土佐弁、ぬっぺっぽうが熊本弁、だったと思いますが、これらは妖怪を演じた役者ご自身の方言ですね。油すましは熊本県天草の妖怪だし、ろくろ首やぬっぺっぽうは日本各地に出没します。逢う魔が時に宙を舞う白い布の怪異である一反木綿は鹿児島県肝付町に伝わるローカルな伝承ですが、これに新たな「姿」を与えて全国的に有名にしたのは水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』です。『妖怪大戦争』の平成リメイク版で油すましを演じたのは竹中直人さんで、他の多くの妖怪たち同様、「~じゃ」を使っています(かぶり物ではなく地顔で油すましを演じた竹中さんはすごい)。平成版では、阿部サダヲ演じる河童がなぜか大阪弁。そして、全国区のはずの姑獲鳥(うぶめ)がこてこての江戸弁を話しますが、これは明らかに、うぶめを有名にした京極夏彦氏の小説『姑獲鳥の夏』の舞台が東京の雑司ヶ谷だったためでしょうね。長い歴史を持つ日本の妖怪は、それぞれの時代の語り手、書き手、描き手たちの想像力の積み重ねを経て、現在の姿に至っています。話には尾ひれが付くのがならわしであるように、一反木綿も水木先生によって「尾ひれ」と両手と両目が付けられて、現代人の持つイメージとして定着しています。

江戸時代は妖怪が大発展をとげた時代。浮世絵師鳥山石燕の妖怪画集などによって、おびただしい数の古典的妖怪が姿を獲得します。『妖ウォ』の妖怪たちはたいへんコミカルでキテレツですが、石燕もまた多くの妖怪を、あるいはほほえましく、あるいは奇妙けったいに描いています。江戸時代、妖怪はすでに単なる恐怖の対象ではなく、庶民にとって「楽しめる」存在になっていたのではないでしょうか。新たな妖怪を作り続ける『妖ウォ』のエネルギーはすごいですが、江戸時代、すでに妖怪の創作は行われています(豆腐小僧、唐傘お化け、など)。江戸の作家は方言にも新たな使い道を見出しました。今なお老人キャラ、博士キャラ、あるいはお姫様キャラなどが使う「じゃ」、これは、年長者や教養人や武家階級は江戸弁ではなく上方言葉を話す、という江戸中期の階級社会がうつしだされたもので、方言を背景に持つ「キャラ語尾」のはしり、ステレオタイプなキャラづくりの先がけであったといえます。妖怪にも「じゃ」はよく似合いますね、そうとうな年長者ですから。

妖怪と方言は、滅びそうで滅びない、という共通点を持っています。戦後の高度経済成長期に鬼太郎の妖怪ブームは起き、今のようなスマホの時代になっても子供たちは『妖ウォ』に夢中です。現代は妖怪も方言もフィクションの中のほうが生きやすいのでしょうが、「都市伝説」は現実社会に口裂け女やトイレの花子さんのような怪異を生み出し、新しい言葉もまた、次々と生まれてきます。死語になりかけていた「もんげー」はフィクションの世界の中でよみがえって出てきた、今風に命名するならば「ゾンビ方言」…、いや、これではあまりにブキミなので、そうですね、「復活方言」とでも呼んでおきましょうか。

大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

 

 

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