花様方言 アナと雪の女王の中国語方言メドレー

2014/11/11

Vol.57<アナと26の方言>

濁流

ディズニーのアニメは多くの言語で吹き替えられていて、『アナと雪の女王』の主題歌「Let It Go」には25の言語によるメドレーバージョンというのがあります。メインのサビの部分は「ありの~ままの~」と松たか子さんの歌う日本語が割り当てられているので、これはよもや最初から日本での大ヒットを狙っていたのでは、と勘ぐりたくなります。YouTubeのアナ雪カラオケ替え歌エリアには、このメドレーを模した、26の中国語方言によるメドレー、というのがあります。

この26方言を列挙すると以下のようになります(名称は画面に表示されているものをそのまま写します。「~話」は日本語なら「~語」に同じ)。普通話、陝西話、大連話、上海話、汕頭話、金華話、山西話、四川話、東北話、台州話、太原話、北京話、蘇州話、合肥話、杭州話、客家話、閩南話、天津話、温州話、南昌話、無錫話、福州話、長沙話、桂柳話、武漢話、粤語。せっかくですので、ひとつ、これを使って中国語の方言をざっと俯瞰してみることにしましょう。尚、26というこの数は中国の方言の数とは無関係です。ディズニーのメドレーが25なので、それよりひとつふやしただけのこと。日本に「十六茶」があるので韓国に「十七茶」が現れ、更に香港に「十八茶」が現れたのと同じ。東京が23区だから大阪は24区なのと同じ。

26の方言のうち、「北方語」あるいは「官話(マンダリン)方言」と呼ばれるものは10個あります。これらを官話方言の更なる下位区分に従って分類すると、こうなります。四川話と桂柳話と武漢話は「西南官話」、陝西話は「中原官話」、合肥話は「江淮官話」、大連話は「膠遼官話」、天津話は「冀魯官話」、東北話は「東北官話」、普通話と北京話は「北京官話」。西南官話の地域は広くて、四川、湖北、貴州、雲南、広西北部にまたがります。膠遼官話はもともと山東省の言葉。海を渡って対岸の遼東半島に根付いたのが大連語。官話方言にはほかに「蘭銀官話」という蘭州語や銀川語などが属するグループがありますが、メドレーには出てきません。

残り16のうち、浙江、江蘇の「呉語」に属するのが、上海話、金華話、台州話、蘇州話、杭州話、温州話、無錫話と7つもあります。メドレーが収録されたのはこの地域の出身者が多い上海なのでしょうかね。南京語が入っていませんが、南京語は合肥語と同じく江淮官話に属します。湖南省の長沙話は「湘語」。湘語は呉語と近い関係にあって、おそらく両者は、南下してきた客家語によって東西に分断されたものと推測されます。客家の通り道となった江西省の「贛(かん)語」に属するのが南昌話。贛語は客家語と特徴を共有します。よく話題になる、客家人はどこから来たのかという問題ですが、北部の言葉で客家語に近いと考えられるのは、太原など山西省の「晋語」。黄河流域の山西のあたりが客家のご先祖様の故郷なのでしょう。

福建の「閩語」のグループからは汕頭話と閩南話と福州話が入っていますが、残念ながらメドレーの福州話は「なんちゃって福州話」。よく、「上海なまりの普通話」や「大連なまりの普通話」が上海語や大連語だと間違えられたりするのです。本物の福州語は日本で最もよく耳にする中国語方言のうちのひとつ。以前、出稼ぎで大量に日本に渡ったのが、福清、長樂、連江など、福州周辺地域の人たちです。汕頭(スワトウ)語は、香港ならば普通「潮州話」と呼ばれますが、広東省の東部で広く話されている福建系の言葉。香港にはこの地域からの移住者が、それはそれは、多いなどというものではありません。閩南語の一種なのですが、アモイなど福建省側の閩南人とは特に仲間意識はなく、一般に潮州語は閩南語とは別物と認識されています。もし香港で方言メドレーを作ったならきっと選ばれるだろうと思うのが「台山話」。これも広東語(粤語)の一種でありながら広東語とは別物とみなされることの多い言葉です。珠江デルタの西側の言葉で、古くからマカオに移住者が多く、アメリカ、カナダの華僑にも台山人は多くいます。

方言のこういう区別はいったい何で決まるのかというと、それは、声調の区別と声母(語頭の子音)の違いでわかるのです。例えば「大」や「白」の声母が有気音ならば、それだけでその言葉は客家語(と贛語)だと認定できます。濁音ならばそれは呉語のグループです。「木」や「樂」の声調が「天」や「波」と同じならばそれは中原官話、「田」や「婆」と同じならば西南官話です。メドレーには北京語と普通話の両方がありますね。両者を別物とするのは自由ですが、上のような漢語音韻学の視点から見れば、普通話は北京語の変種以外の何物でもありません。同様に、日本語の方言もアクセントの体系によって分類ができます。そうすると関東・中部など東日本の言葉は広島・岡山など中国地方の言葉と同類で、その中間にある、より複雑なアクセント体系を持った関西の言葉は別の種類なのだとわかります。方言に関するこういった理屈を楽しいと感じるか、あるいは退屈だと感じるかは、それもまた自由ですが。

大沢さとし(香港、欧州、日本を行ったり来たり)

 

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