花様方言 Vol.200 <言葉は変わる>

2020/10/21

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 『月曜から夜ふかし』というマツコの番組があって、よく方言の話題が出てくる。青森のモスバーガーに電話して「もすもす、モスバーガーです」と言うかどうか調べたり、東北のお年寄りが「樹木希林の金庫」を「ちちちりんのちんこ」と読むのを笑ったりする。和歌山でザ行がダ行になる件も取り上げた。座布団→だぶとん、絶対→でったい、雑巾→どうきん、となるのだが、この番組のディレクターは方言のツボをよく心得ている。「ざじずぜぞ」と書いて、読ませる。すると紀州弁の話者は「だじずでど」と読む。「ざ」ですけど、と確認しても「だ」と言う。「さ」に「゛」なので「だ」、と断言する。東北の「ち」(き)も同じ。「かきくけこ」の「き」でしょう、と正すと、んだ、「かちくけこ」の「ち」だ、と答える。同じでねえか!と主張する。スタジオは大爆笑する。村上信五も死ぬほど笑いころげている。

 よほど不思議に感じられるのだろうが、科学的に(言語学的に)見て、特に不思議はない。言語とはこういうものだ。区別のしかたが言語ごとに異なるのである。縄文語の音韻を引き継ぐ(たぶん)東北のお年寄りにとって「す:し」は同じ音であり、字の形の違いに過ぎない。煤(すす)は「横棒に、ぐるっと回った、す」で、獅子(すす)は「まっすぐな、す(し)」。聴覚ではなく視覚で区別している。日本人が「b」と「v」を聞き分けられず、つづりの違いだけで区別しているのと同じである。紀州弁では「ざ、ぜ、ぞ」と「だ、で、ど」の区別をしないが、「じ、ず」については他地域の日本人も「ぢ、づ」との区別をしない。どんぐりの背比べ、あるいは、目くそ鼻くそを笑う、とかいうやつだ。もし奈良時代から万葉歌人がタイムスリップしてきて現代人の「ざじずぜぞ、だぢづでど」を聞いたら目くそ以上に大笑いするだろう。言語の世界は笑いにあふれている。

(Confirmed)761_Godaigo 普通、日本人は「ざじずぜぞ」を「za、zi(ji)、zu、ze、zo」だと思っている。こう書くことには、問題はない。早口で話した場合などよく[z]になる。だが実際の音声は大概こうなっている。[dza][dʒi][dzu][dze][dzo」(あえて書くなら、ヅァ、ヂ、ヅ、ヅェ、ヅォ)。日本人には同じに聞こえても、イタリア人やポーランド人は聞き分けている。[dz]と[z]は違う。[dz]は破擦音で、一瞬しか発音できない。[z]は摩擦音で、zzzzzzzz…といつまでも、息が切れるまで音を出し続けることができる。[z]は[s]の有声音である。sssss…と言いながら声帯を振動させればzzzzz…になる。[dz]は[ts]の有声音である。ツァ[tsa]を有声にしたのが[dza]。紀州弁では、[za]が[da]に変わった、というより[dza](dʒa)から[z](ʒ)が落ちて[da]になった。まったくもって無理な変化ではない。「たたりじゃ!」(ぢゃ)[dʒa]は東日本で「たたりだ!」[da]になった。漢字にも似た現象がある。蛇(じゃ):陀(だ)、随(ずい):堕(だ)、禅(ぜん):弾(だん)。(関西で「たたりや!」と変わったのは、スペイン語を知ってる人ならわかるだろう、「ジャ」~「ヤ」は容易に交替する。舌の微妙な上下加減。Japan「ジャパン」はドイツ語で「ヤーパン」。閩南語「ジップン」、広東語「ヤップ―ン」。)

 英語の「th」はドイツ語の「d」に対応する。three(英):drei(独)、thing(英):ding(独)、that(英):das(独)、こういうことが「音韻対応」だ。同様に、日本語の[dza](ざ)は紀州弁の[da]に対応している。ざぶとん(日):だぶとん(紀)。さて、イタリア語は[z]と[dz]の理解に役立つ言語だ。[s][z][ts][dz]の4つがそろっている。[s]と[z]はいずれも「s」で書き、[ts]と[dz]は「z」で書く。rosa(ローザ=ばら)の「ザ」は摩擦音[z]のほうで、zanzara(ザンザーラ=蚊)の「ザ」は破擦音[dza]のほう。日本人はザンザーラの発音はとてもうまいが、ローザのほうまで[dza]になってしまう。英語では[tʃ]と[dʒ]の2つだけを破擦音と認めていて、[ts]と[dz]はそれぞれ、[t]と[s]、[d]と[z]の組み合わせに過ぎないと解釈している。[ts][dz]は語頭に来ることがないから、という理由だ。確かにその通り、「zucchini」(ズッキーニ)の「ズ」はイタリア語だと[dzu]だが英語だと[zu]である。日本語では[dzu]で、イタリア型。どうりで日本ではマクドナルドよりサイゼリヤのほうが客が入っている。(無関係です。)

 英語で[ts]を破擦音と認めないことには異論もある。tsetse(ツェツェ佇)、tsunami(津波)など非常に少数だが「ts」で始まる語もあって、語頭の「ツ」を発音できる人もいるからだ。今年からは筒香選手が大リーグに行っている。Tsutsugo。(もっと打たないと覚えてもらえないぞ。)ただし、Matsui(松井)のようなつづりをアメリカ人は「Ma・tsu・i」ではなく「Mat・sui」だと思っている。Godzilla(ゴジラ)は「God・zil・la」。かくしてゴジラは「神」(God)になった。

 「き」が「ち」になる現象も世界中あちこちの言語で見られる実にありふれた音韻変化だ。気、期、奇、旗、企、器、起、汽、などの「キ」は北京語では「チ」になる。ラテン語では「ci」が「キ」だったが、イタリア語では「チ」になってしまったので、「キ」は「chi」と書き表すことになった。同じく「gi」は「ジ」で、「ghi」が「ギ」。だから「Ghibli」は「ギブリ」と読むのだが宮崎駿が読み間違えて「ジブリ」になった。ベラルーシ語で「こんにちは」はДзеньдобры(Dzen’dobry)、「dz」で始まる。ロシア語なら「день」で、「д」(d)だけだ。ベラルーシ語は1994年以降ロシア語に切り替えられてしまっている。かのルカシェンコ大統領が就任した年からだ

大沢ぴかぴ

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