香港在住日本人主婦が綴るリレーミニエッセイ Vol.151

2020/04/08

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推理小説界の俊英 香港人が描く香港ミステリ

 こんにちは、KOKURIです。読書が趣味なので、書店を見かけるとふらふらと店内へ入ってしまうのですが、香港の書店で見かける日本文学といえば、東野圭吾や横溝正史などミステリ系が目を引きます。そこで、香港人が書いた推理小説を読んでみたいと思って見つけたのが、推理作家の陳浩基。期待通りに香港の景色が満載の小説2作をご紹介します。

 

記憶喪失の男が探し当てる事件の真相とは
陳 浩基『世界を売った男』
 朝、目覚めたら6年間の記憶が消えている!昨日まで捜査していた殺人事件は克明に覚えているのに、なぜ?しかもすでに解決しているという事件の結末はどこかがおかしい…。冒頭から意外な展開で始まる本作は、殺人事件の真相と、失った記憶の両方を探求する物語。主人公の刑事は雑誌記者の女性を相棒に、事件現場や関係者を訪ね歩くのですが、謎解きとは別に、香港在住者ならではの興味で、登場する街や通りの風景描写をつい熟読してしまいます(笑)。埋め立てられ変貌する九龍半島を堅尼地城(ケネディータウン)から眺める場面や、九龍の繁華街とはまるで別世界と描写される元朗、旺角の砵蘭街(ポートランド・ストリート)で炸魚丸を売る店、廟街にあるカンフー道場など。不倫殺人と、犯人の壮絶な事故死、当初は捜査する人間だった主人公は事件と深い関係があることがわかってくるのですが…結末は二転三転。

 

香港の名探偵「クワン警視」と6つの難事件
陳 浩基『13・67』
 前作『世界を売った男』から3年後に発表された本作は、「期待を遥かに上回る」と日本でも話題になった作品。卓越した推理で「天眼」と称されるクワン警視が、60年代から2010年代までの6つの時代で起こった難事件を描く短編集で、第1話は雨傘運動(2014年)の前年、第2話はSARSが流行した2003年、第3話は香港返還の1997年と、歴史的な出来事を背景に事件は描かれます。最終話(1967年の反英暴動)の最後数ページで描かれる結末は驚愕もの。結末を知った時、本作がなぜ年代を遡る形式で書かれたのかがわかって、作者にしてやられた!と思うこと間違いなしです。どのエピソードもおもしろいのですが、強いてあげるなら、クワンの弟子となるロー警部が、師匠の力を見事に引き継いで事件を解決する第1話、「クワンのいちばん長い日」と題されながら、クワンが退職前日の数時間で解決する、シャーロック・ホームズばりの活躍が楽しい第3話、そして白眉は第6話、若きクワンが苦い失意を乗り越えて「名探偵」と呼ばれるまでになったのだと思うと、深い余韻が残ります。今度は第6話から遡って読んでみたいと思いました

 

 

「旺角は奇妙な場所だ。台北の西門町や、東京の原宿のような若者の街でありながら、一方で砵蘭街は『性と暴力』溢れる香港で一、二を争う風俗街でもある。」『世界を売った男』
砵蘭街(ポートランド・ストリート)の雑然とした街並みの向こうに、 朗豪坊(ランガムプレイス)が青くそびえ立つ。 日中は穏やかな雰囲気で、犯罪の匂いはみじんも感じないけれど…。

砵蘭街(ポートランド・ストリート)の雑然とした街並みの向こうに、
朗豪坊(ランガムプレイス)が青くそびえ立つ。
日中は穏やかな雰囲気で、犯罪の匂いはみじんも感じないけれど…。

 

 

「私が書きたいのは、ある人物とこの都市とその時代の物語だった。」『13・67』あとがき
『13・67』の最終話の舞台は1967年。 主人公が爆弾テロ犯を追う舞台のひとつがフェリー。 当時はまだ海底隧道もなく、香港島と九龍を結ぶ交通手段はカーフェリーのみ。 香港島が遠く感じます。

『13・67』の最終話の舞台は1967年。
主人公が爆弾テロ犯を追う舞台のひとつがフェリー。
当時はまだ海底隧道もなく、香港島と九龍を結ぶ交通手段はカーフェリーのみ。
香港島が遠く感じます。

 

 

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KOKURIKOKURI(コクリ)のプロフィール

夫の異動のため、この10年で引越しは4回。書斎を持つ夢を捨て、現在の読書は電子書籍が中心。荷造りも面倒なので、ミニマリストになるべく修行中。

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