内装工事会社「Tnl DESIGN(HK)LTD.」新田綾さんインタビュー

2016/03/14

香港が中国に返還される前の1990年から香港に住む新田さん。
返還後のうつりゆく香港の街を見ながら、自らもいくつかの会社で働きキャリアを積み、現在は香港人のご主人が経営する内装工事会社「Tnl DESIGN(HK)LTD.」で日本人向けの営業、そして展示会やイベントでの通訳など、日本人と香港人の橋渡し役として活躍されている。
香港に来てから今までのご苦労や現在の仕事のこと、また今後の仕事の展望などを伺った。

Tnl DESIGN(HK)LTD. 
新田綾さん
インタビュー
Key Woman1

まずは、今のお仕事の事を聞かせてください。
主人が経営する、飲食店や小売店などの内装を請け負う会社で、日本人顧客向けの営業と、企業向け保険の代理店、そして単発でイベントや展示会での通訳、アテンドなどをしています。

新卒で就職した会社で香港にいらしたそうですね。
はい、元々大学時代に中国で語学留学していたこともあって、海外、それも北京語が使える土地で働きたいと思っていたんです。その後1990年に日本の旅行会社に就職して、ランドオペレーターとして香港に来ました。入社直後から海外での勤務になることは決まっていたのですが、配属先は未定でしたので、香港に決まった時は北京語が生かせると思って嬉しかったですね。主な仕事は日本人旅行者の現地ツアーのアテンドや新しいコースの開発でした。

当時は香港旅行がブームだったとか。
あのころ香港は海外旅行先としてとても人気があって、多くの日本人が香港を訪れていました。例えば週末にアフタヌーンティーして買い物やエステを楽しむなんてOLもたくさんいました。ベンツをチャーターしてガイドを一人つけて、高級レストランめぐりをする、なんてアレンジをしたこともあります。ルーフトップバスも当時から大人気で、ピーク時には一晩に6台240人の点呼や割り振り、交通整理など、お客様のコントロールをしていました。本当にバブル時代だったんだなぁと、今、振り返って思いますね(笑)。

その頃ならではのエピソードはありますか?
ルーフトップバス観光の集合の際、当時は携帯電話がなかったので、はぐれた場合お客様が何処にいるのか分からないことが多々ありました。そんな時はホテルのコンシェルジュに電話して、ベルボーイの人にロビーを探してもらうのですが、結局待ち合わせに来られず会えないお客様もいらっしゃって、クレームになったりしたことも。あとは、言葉でしょうか。北京語が話せれば問題なくやっていけると思っていたのですが、当時はまだイギリスの植民地で今ほど北京語が通じなかったんです。で、通じたとしても北京語は「ダサい」といった印象を与えるようで、あまりウェルカムではないのかな、とういうことを感じたりして。それであわてて同僚と、1年くらいみっちり広東語を勉強しました。

今のお仕事を始められたきっかけはなんですか?
最初の旅行会社で10年勤務した後、日系の貿易会社とオーストラリア人が経営するメーカーでそれぞれ5年ずつと、合わせて20年ずっと会社勤めをしていたのですが、半リタイアじゃないですけれど、自分のペースで仕事をしてみたいと思うようになって。メーカーを退社したあと何をしようかと考えたときに、主人の会社に日本人セクションを作り、日本人顧客向けの営業をはじめてみたんです。でも、DMを送ったり、電話をかけたりと色々したものの、やはりすぐに結果には結びつかなかったので、同時に展示会の通訳の仕事などもしていました。しばらくその2つの仕事をかけもっていたのですが、内装の営業をするなかで、香港で会社を起こして飲食店などのチェーン展開を考えている方から、事業を展開するにあたり医療保険など保険周りを整えたい、MPFをやりたい、などの声を聞くことが多かったんです。なので保険もビジネスになるかな?と思って保険の資格を取り、2011年から保険の営業の仕事も始めました。商品による違いなどを噛み砕いて日本語で説明して、金融商品を買う際の不安を取り除くために、細かく資料を作り説明したりしています。通訳の仕事からの繋がりで翻訳の仕事も軌道にのっていた頃でしたので定期収入もあり、そんな中、同時進行で保険の資格を取れたのは恵まれた環境でしたね。

ご家族で働く上でのご苦労はありますか?
主人は香港で長く商売をやっているので資材を安く調達する方法を知っていたり、優秀な大工を集めて現場を回す能力に長けていましたが、営業力があまりありませんでした。逆に私は会社勤めの時に営業、しかも対日本人の窓口にあたるポジションが多かったことから、営業や、香港人と日本人の間にたってお互いの意見・主張を伝える、ということには慣れていましたが、内装の技術的な面はあまり良く解っていない。ということで、今はお互いの長所を生かしながらうまく分業でできていると思っています。
ただ、日本人のお客様と取引をし始めた当初、主人は「ザ・香港人」で日本の文化を知らないまま日本のビジネスをやることになったわけですから、日本人のお客様が求めるものに対して、当初は抵抗を感じる部分もあったようです。日本人ならではの感覚やニュアンスなど、お客様の意向を伝える私とのもめごとは毎日。日々格闘でした。あまり見たくない部分も見たりして(笑)。それでも今5年くらいたって、だんだんと慣れてきてくれているな、と思うことも多いです。

今後の展望を聞かせてください。
そうですね、今は内装と、必要に応じて保険を請け負っている状態ですが、ゆくゆくは、うちに頼めばそれだけじゃなく、例えば出店に必要なライセンス取得のサポートや、管理会社との交渉、長く住むことで解ってきた香港人の趣味趣向を元に、マーケティング的な目線で出店する立地や内装デザインやメニューの開発なんかの提案、など、起業・出店のトータルサポートができるような会社にアップグレードしていけたらいいなと思っています。そのために今はライセンスの勉強や、今まであまり踏み込まなかった内装についての知識を更に深めたりとしているところです。

休日はどのようにリフレッシュしていますか?
それこそ会社勤めでないと決まった休みがないので、逆にメリハリがつけにくく、気付くと余り休んでいないな、という感じで良くないのですが、週に1回、北京語を学びなおすために深圳の学校に行っていて、その帰りに10年位通っている行きつけのマッサージ屋さんでリラックスしています。

新田綾さん最後に、香港に住む女性にメッセージをお願いします。
そんな語れるようなものはないのですが…。香港は日本に帰ろうと思えばすぐに帰れる異国を感じさせない距離感が魅力だと思います。とても居心地も良いですし。また、これは香港に限ってのことではありませんが、そもそも女性はコミュニケーション能力が高かったり、語学に対する興味が高かったり、食事にしても買い物にしても見たことないものにどんどん飛び込んでいけたりと、チャレンジャーな人が多く、新しい環境に適応しやすいと思うんです。その能力を生かしてもっともっと外に出て頑張って欲しいですね。

新田綾(にった あや)さん
Tnl DESIGN(HK)LTD. 日本人顧客営業担当
大学時代に1年間北京に語学留学したのち、1990年、大学卒業後すぐに就職した旅行会社で海外勤務となり来港。その後、日系の貿易会社、オーストラリア人経営のメーカー勤務を経て、現在の職であるご主人が経営する内装会社の日本人顧客担当の営業として活躍する傍ら、通訳業や保険の代理店業などにも携わる。

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