重慶大厦(チョンキンマンション)特集1・重慶ものがたり

2014/04/30

香港を代表するショッピングの街、チムサーチョイ(尖沙咀)の真ん中にありながら、異色の存在となっている重慶大廈(チョンキンマンション)。古い香港の雰囲気を今に伝える建築物と、ビル内に密集する安宿に暮らす多国籍な人達によって描かれる複雑な人間模様は、今はなき巨大スラム街「九龍城砦」を彷彿させる。その混沌とした魅力により、いくつもの映画や小説の舞台ともなっている。ビル内には「1ヵ月間外に出なくても暮らせる」といわれるほど、宿から生活用品店、レストランまで揃っているという。また、「重慶大廈=カレー」というイメージが強いが、本当なのだろうか?今回の特集は、そんな重慶大廈を徹底解剖。現地取材を敢行し、多くの人をひきつけてやまない魅力に迫ってみた。

華々しいデビューから一転
涙なくして語れない重慶ものがたり

大廈ができる前の1920年代、現在地には重慶市場というマーケットがあった。観光客と駐在のイギリス人向けに、海外から輸入した商品を販売する店舗が約30軒、軒を連ねていた。市場は40年代初期に一旦閉鎖されるが、1945年に再開された。しかし、1958年に蔡天宝氏をリーダーとする福建人たちが、その土地を購入して大型ショッピングモールと高級マンションの建築に着手する(重慶大廈オフィシャルウェブサイトより)。「重慶大廈」と名づけられたのは、元々重慶市場があった場所だったこと、また、中国の都市「重慶」が北京以外にもう1つの首都とされた時期があり、それを記念するためだったといわれている。
■60年代「憧れの高級マンション」
現在のイメージからは想像できないが、当初の位置づけは個人向け高級住宅。ネイザンロードに面した便利なアクセスと、海景が眺めるロケーションなど高級マンションとしての要素を備えていた。さらにまだ高層ビルが少ない60年代に、50メートルを越え17階もある重慶大廈は、それだけで存在感があった。開業初期は中国人オーナーの店が80%を占めていたが、20%だけだった少数民族オーナーの店は敏腕な経営で注目されていたらしい。
エレベーターがついているショッピングモール、高級ジュエリー店、香港初の日本スタイルナイトクラブなど、まだ経済が発展途上だった当時の香港で、贅沢なエッセンスが集められていたと言っても過言ではない。しかし、防火扉が常にロックされていることやビル管理の怠慢さから後に「高級マンション」の冠が取られることになる。
■70年代「バックパッカーの聖地」
70年代に入って、高級住宅の機能が段々ゲストハウスにシフトしてくる。元々そこに暮らしていた香港人家庭が他の場所に移り、より多く稼げることからホテルを経営するようになった。ホテルは比較的安い値段で設定されたため、世界各地からやってくる若い観光客には魅力的だった。さらにいくつかの旅行雑誌で紹介されたことで、人気に火がついた。
現在、ビル内には非常に多くのゲストハウスが密集しており、香港には安宿が少ないこともあって毎日世界中の旅行者で賑わう。値段の安さを重視するアフリカ、南アジア系の利用者が多い1泊HKD70程度のドミトリーから、ホテルに近い設備を備えた1泊HKD400程度のもの(ゲストハウスではなく「酒店(ホテル)」の名を冠しているものもある)まで様々である。高層階には前者、低層階には後者が多い傾向にある。以前は予約を受け付けない宿が多かったが、近年は中国大陸からの観光客の急激な増加によりオンラインで予約必須の宿が増えてきている。
■80~90年代「ダークなイメージが定着」
60年代に開業して以来よく起こる火事が、看過できない問題となってくる。世界中に注目される事件は1988年2月に起きた。デンマークからやってきた観光客は火事で逃げ遅れ、布団を抱いて11階から飛び降りて亡くなった。この火事による彼と他の11人の死亡は、ローカルだけでなく、海外のマスコミにも取り上げられた。
90年代は現在の重慶イメージが定着した時期だった。日本でも有名な映画作品「恋する惑星(1994)」の舞台となり、麻薬取引や殺人事件などの暗いイメージが、ローカルの人にも深く刻み込まれた。また、この時期から、過去になかったモバイルの販売も始まる。
■21世紀「イメチェン進行中」
香港人に重慶大廈についてたずねると、「行けばきっと迷う」「カレーは美味しいけど、自分1人ではあまり入れないね」「軟派なインド人にナンパされちゃう」などと評判は芳しくない。実際には2000年代以降警備が強化されている。A座3階に警備員詰所が設けられ、グランドフロアでも親切な警備員がインフォメーションセンターで対応してくれる。そして長期に渡って問題となっていた強引な客引きも2008年末から規制の強化が行われ、以前よりは悪質な客引きは大幅に減っている。そのため、安心で訪れる場所へ進化しつつあるはず…。また、今回の特集でも紹介するが、周辺におしゃれなショッピングモールがいくつか開業している。時代の流れによって、ダークなイメージに染められていた場所も少しずつ変わってきている。

ナイン・ドラゴンズ(2009)
Nine Dragons

アメリカ推理小説作家マイクル・コナリーによる、刑事「ハリー・ボッシュ」の活躍を描くシリーズの15作目。
南ロサンゼルスで酒店を営む中国人が殺された。背後には、みかじめ料をとる中国系犯罪組織・三合会(トライアッド)の存在が。報復を恐れず追うボッシュの前に容疑者が現れる。その身柄を拘束した直後、香港で前妻と暮らすボッシュの娘が姿を消す。ボッシュのもとに娘が監禁されている映像が届く。監禁映像の背景にあったのは九龍島の繁華街、チムサーチョイ(尖沙咀)であることが判明。一番大きなヒントとなるのが、犯罪の温床として知られる「重慶大廈」だった。誘拐された娘を救うべくボッシュは前妻とその恋人の力を借り香港を駆け巡る。しかしボッシュの人生最大にして、最悪の悲劇が起こる。娘は救えるのか?裏で糸を引いているのは誰だ。
コナリーはこの作品のリサーチのために香港を2度訪問。ボッシュが娘を探しまわったように、小説の舞台にできる場所を探して歩き回ったそうだ。「この作品のアクションは、活気のある街の雰囲気が加速を続ける、香港そのものだ」と語る。

深夜特急
(小説:1986~1992 ドラマ:1996~1998)

作家・沢木耕太郎による紀行小説「深夜特急」。香港を舞台にした物語は第1巻で描かれている。この本をバイブルに香港を旅する人も多い。
インドまで行くフライトの経由地として滞在した香港、バンコク、そして、インドのカルカッタからロンドンまでを、バックパッカーとして旅した筆者自身の体験に基いて描かれている。
1993年に第2回JTB紀行文学賞を受賞作のドラマ化も。ドキュメンタリーとドラマを複合させるという試みで、1996年から1998年にテレビドラマ化され、その際、重慶大厦内のゲスト・ハウス「快楽招待所」が撮影に使用された。この時、主演の大沢たかお、他のスタッフが実際に宿泊した「龍匯賓館(ドラゴン・イン)には「深夜特急」のポスターがまだ飾ってあるらしい。
原作:沢木耕太郎
出演:大沢たかお、松嶋菜々子(声の出演)
キャシー・チャウ(周海媚)、そめやゆきこ、三田村周三ほか
ゲストハウス ドラゴン・イン(日本語あり)
ウェブ:http://www.dragoninn.net/photo1.htm

恋する惑星(1994)
(原題:重慶森林、Chungking Express)

恋する惑星香港映画「いますぐ抱きしめたい」「欲望の翼」で知られる、90年代を代表する映像作家のウォン・カーウァイの作品。ある二組のカップルの出会いをめぐるドラマを独自の語り口と映像感覚で綴っている。
ストーリーは前半と後半にわかれている。前半は複雑で暗い重慶大厦が舞台。麻薬密売人の金髪女性と刑事223号の妖しく陰鬱な出会いを描いている。刑事223号を演じた金城武はこの映画をきっかけに日本でも大ブレイクした。後半はセントラル(中環)が舞台。恋人とのすれ違いが続く警官663号(トニー・レオン)が飲食店の店員フェイ(フェイ・ウォン)と出会う。やがて警官663号の日常に不思議なことが巻き起こる。そして2人の関係は…。
監督はこの映画のを製作する際、どこで撮影するか具体的なアイデアがあったそうだ。そのひとつが、自らが育ったチムサーチョイ(尖沙咀)、中国人が西洋人と交わる、香港独特な場所。「重慶大厦は伝説的な場所で、異種の文化が混合し、そこで暮らす人々の関係は複雑。人口が過密で過度に活動的なこの場所は尖沙咀そのものといえる」と語る。
監督:ウォン・カーウァイ
出演:トニー・レオン、フェイ・ウォン、ブリジット・リン、金城武

 

 

 

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