和僑会での経験を活かし日本人コミュニティーに貢献「e-job」

2019/11/20

この度、独立をして人材仲介業界に新規参入したe-Jobエージェンシーの高橋正浩氏にインタビュー。起業にかけるその熱い想いを伺った。

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PPW:まず、高橋さんと言えば、【香港和僑会の専属スタッフ】というイメージを抱く方がたくさんいるかと思いますが、香港で始まった高橋さんのこれまでのキャリアや和僑会でのご活躍などを教えてください。
高橋 :はい。大学卒業後は京都のベンチャー企業で日本電産のグループ企業でもあるトーソクに入社し、海外営業として東南アジア・アメリカなどを回り、成績優秀者として社長賞を2回受賞しました。しかしある日の事、実家が火事になり逃げ遅れて死に直面をする事になります。その時に「1度きりの人生、子供の頃からの夢であった海外で活躍出来る人材になりたい!」と海外で就職することを決意しました。海外での働く場所としてはニューヨーク、シンガポール、香港の3カ所を候補にしましたが、最終的にこれからは中国の時代だと思ったのと、エネルギッシュな街の雰囲気に魅了され、香港で働く事を決めました。香港での最初の就職先は当時、日本経済新聞社が毎年発表する最優良企業に選ばれたローム株式会社です。香港事務所に現地採用者として就職する事になりました。憧れの海外生活が始まり、大手企業との事でやりがいもあったのですが、数年経ち慣れてくると毎月毎日、同じような仕事をし、同じ業界の人と会い、一生懸命仕事をしても、お客様からはあまり感謝されないことに不満を抱くようになったんです。毎年、目標何十%UPの営業計画を作り、数字の達成の為に仕事をし、夜は同じメンバーと同じ居酒屋で上司や会社のことを話す日々に「一体、自分は何の為に生きているのか?何の為に海外まで来たのか?」を考えるようになり、心が乾いた状態が続きました。「自分の使命とは何か?自分が本当にやりたいこと、強いもので挑戦したい。早く自分の天職を見つけたい」と強く想うようになったんです。

PPW:そこで和僑会との出会いがあったんですね?
高橋 :はい。そんなある日、香港のフリーペーパーで「和橋会」という名前を見つけ、会合に参加する事になります。初めて参加した時、会場の熱気にすごいと思い、前向きに生きている人たちと触れて何かを感じました。そして毎回、和橋会の定例会に参加するようになり、当時の筒井会長(現在は和僑会ファウンダー)が講師となったある時の講演会で衝撃を受けたんです。「サラリーマンは動物園のオリの中で餌を与えられている動物だ。人生は一度きり。野性の世界は危険もたくさんあるが自由がある。起業家として野生の世界へ飛び出せ!」とかなり過激的ですが、とても衝撃的な言葉でした。そして振り返ってみると自分は動物園の動物だと感じるようになったんです。和僑会に何度か参加するうちに、「今度、和橋会で高橋君が将来やりたい事を発表してはどうか?」と幹事に言われ、自分のやりたい事業を発表しようと決意します。発表の当日、香港は青空が澄み渡たり、会場へ行くタクシーの窓から対岸の高層ビルを眺めていると、何となく今日が自分の人生が変わる日なのではないだろうかと感じたものです。そして高鳴る胸を内に会場で自分の夢を発表したのですが、その内容には数字が含まれていなかった為、事業計画というものからはほど遠く、出席者の方からは、「資金も人脈も経験もないのにどうやって事業をするのか、家族を路頭に迷わせる気か!」などいろいろ言われてしまいました。悔しかったけど、ぐーの音もでないとはこの事でした。しかし、丁度その頃、和僑会が出資をするビジネスセンターを設立する計画があり、この発表をしてから暫くすると、「この立上げを前回、発表した手品が得意なあいつ(わたし)にやらせようか。」という話となり、この発表がきっかけで資金もない、人脈もない自分が経営を経験するチャンスを得る事になったんです。

PPW:起業家や起業を目指す人たちの交流会だった和僑会が、本格的にNPOとして動きだした頃ですね?e2
高橋 :はい。それからインキュベーションセンターを設立するメンバーに加わり、日中は会社で仕事をし、それが終わってから設立の準備を夜遅くまでするという生活が数ヶ月続きました。そして設立の目途が立った為、会社を退職し、翌月からインキュベーションセンターの運営に専念する事となり、2008年の1月、和橋会のインキュベーションセンターが正式に稼働し出しました。ただ、それからが辛い日々の始まりだったんです。まず、給料は前の会社の1/3となり、退社と同時に家内の両親に借金をしてマンションを購入、インキュベーションセンターの考え方について、色々な人の意見に振り回されて板ばさみになり、業務よりも意見の調整で走り回る日々。精神的に疲れ、人間関係で悩む日々が続きました。内部の意見が合わず、考え方の違いで悲しい思いをすることもどんどん増えていったんです。そんな時、娘が誕生します。しかし給料を養育費にかける余裕もなく、夫婦共働きの為、娘を家内の両親に毎日預け、夜は家内の親戚の家で夕食を取るという生活が続くことに。それからインキュベーションセンターを設立してから約1年が経ち経営陣の刷新があり、追加の出資が必要となりました。その時は自分の貯金を全てはたいてもまだ資金が足りないという状況だった為、これまで生きてきた中でこれほど心の底からお金が欲しいと思ったことは有りませんでしたね。

PPW:今でこそ、立派な組織となった和僑会さんにもそんな激動の時期があったんですね。
高橋 :はい。毎月ぎりぎりの生活が続きながらも、香港人の家内は理解力もあり、文句も言わずにずっと支えてくれていたのですが、独立をして経済的に辛い日々が続く中、徐々に不満も多くなり、ついに家内から「いつまでこんな生活が続くの?ずっと貧乏のままなの?普通の安定した生活がしたい!もうあきらめて、和橋会の仕事は辞めて欲しい!」と泣かれてしまったんです。その時の私は苦し紛れに、「もうすぐ良くなる、きっと良くなるからと言い聞かせ、あと1年続けて結果が出なければ辞めるから、もう少し我慢して欲しい。」ということしか言えませんでした。そして「自分の生活をずっと犠牲にして、ボランティアで皆さんの支援をしている場合なのか。」と、悩む日々が続きました。自分はみんなの為、和僑会の為にやっているつもりなのに本当にみんなは喜んでくれているのか。和橋会のことをどう思っているのか。毎日朝から夜遅くまで仕事をして、仕事はどんどん増える一方。しかし人手は足りない。少しでも皆さんに手伝ってもらいたいと思い、お願いをするが皆さんも自分で経営をしている人が多く、忙しくてなかなか時間がない。一体、自分は何の為にやっているのだろうと孤独を感じ、自分の夢が叶ってこの和橋会の仕事をしているはずなのに毎朝オフィスへ通うのも辛く感じるようになってしまいました。中には、「和橋会はきちんと運営出来るようになるまでにはまだまだ時間が掛かる。それまで自分の家庭を犠牲にしてまでやることはない。うちで働かないか。和橋会はボランティアで続けてもいいから。」と誘ってくださる有難いお話もあり、家内が言った「安定した生活がしたい」という言葉と天秤にかけたりもしましたが、私が離れたら誰がやるのか。今一番大事でこれからという時に辞めたらどうなるのかと思い留まった事もありました。そしてインキュベーションセンターを立ち上げて約5年。インキュベーションセンターの事業と香港和僑会の事業を分けることとなり、私は香港和僑会として新しい会社とオフィスを立ち上げるため、観塘にあったオフィスを2012年11月9日に離れ、その翌週から尖沙咀にある荻野会長のオフィスに移り、香港和僑会の専任となりました。そして2014年7月に香港和僑会独自のオフィスを構えて活発な活動が始まりました。

PPW:素晴らしい責任感ですね。そんな想い入れの強い和僑会の専任スタッフを辞してまで、起業に至った理由は?
高橋 :まだまだ課題は有るものの、荻野会長の下で香港和僑会は安定期に入ってきました。また、起業家をはじめ、これから起業してみたい方々などからも頼られる存在となり、その存在価値は日々上昇中です。しかし、経営形態がNPO法人の為、利益を上げづらい構造である事も確かです。「皆さんの為に」とサポートをして来たこの10年間でしたが、やはりどこかで「経営者として、リスクを取った上、ビジネスで勝負してみたい」という気持ちを持ち続けていたのも事実です。ただ、一体どの分野で起業をするべきなのかが全く想いつきませんでした。勝負したい分野が決まるまでは、家族を路頭に迷わせる訳にはいかず、思案する日が数年続きます。そんな折、私は娘にキャラ弁を持たせるくらい料理が好きなので、レストランをオープンさせたら、どうだろうかと週末のBBQの時に知人に相談をしてみました。驚いたことに知人からは、「高橋さんがレストランをやったら、絶対失敗しますよ。絶対にやるべきではないですね。あなたは自分の価値や得意分野を分かっていませんね。あなたの武器は、和僑会で10年以上の間、サポートしてきた人たちとの【人脈】や数千枚に上る名刺の数です。その【人脈】を使った商売の方が、上手く行くと思いますよ。『香港の日系社会において、こういう業種で、こういう知識を持つ人がいたら紹介してほしい』とか、『こういうイベントをするので、実行員会として一緒に手伝ってくれそうな人がいたら声がけをして欲しい』などとお願いしたら、ポーン!と紹介者が出てくるのは高橋さんくらいのものですよ。」と言われたんです。目から鱗でした。その知人曰く、名刺交換だけでは終わらない深い人脈形成により得た知人・友人・ビジネスパーソンとの繋がりは、幅広い業種・職種・趣味・年齢・ステータスに渡り、まるで私自身が【人財データバンク】そのものなんだそうです。確かに言われるまで意識した事がありませんでしたが、これは私の財産であり武器でもあるんですよね。何となく光が見えてきた瞬間でした。

PPW:そこから人材紹介サービスでの起業が見えてきたわけですね?e1
高橋 :自分の強みを突き詰めていくと、皆さん誰しもが【人】や【仕事】で困っている事が分かりました。記述の通り、和僑会時代から、【人と人】や【事業と事業】、または【事業と人】とを繫ぐ事を無償で行っており、大変喜ばれていいたので、ここに商機を見出したんです。今後も和僑会には、いち理事・事務局長としては残りますが、専任スタッフを退職するにあたり、荻野会長からは「起業するなら、他社がやっていないイノベーションが必要だ。」と宿題を頂いているので、私の強みプラス、皆さんに驚いて頂けるようなイノベーションも着々と準備中です。香港は人材会社間の競争も激しいですが、正々堂々と後発ながらも業界の発展に貢献できるように頑張りたいと思います。

PPW:今日はありがとうございました。


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