中国法律事情「中国の裁判所の決定などによる物権変動 その2」高橋孝治

2019/07/12

目から鱗の中国法律事情 Vol.33

中国では原則としてモノを引き渡したとき(不動産の場合は登記時)に所有権が移転します。しかし、前回はその例外として、人民法院(裁判所)や仲裁委員会の法律文書や征収(国家が公共の利益のために、所有者に補償をした上で公権力によって強制的に、集団もしくは私人の財産を国家の所有に移すこと)の場合は、その決定がなされたときに所有権が移転していると説明しました。

今回は、そのように国家機関によってまだ引き渡していない(登記手続きをしていない)にも関わらず、所有権だけ先に移転してしまったモノに対する扱いです。

早めに引渡しや登記を

裁判や征収などにより先に所有権などを失った場合には、特に不動産に関しては、「物権を処分するとき、法により登記をしなければならず、登記をしていない場合には物権の効力は生じない」としています(物権法第31条)。そして、法律上はこれ以上の規定が存在しないのです。各人民法院も、この例のように引き渡していない(登記手続きをしていない)にも関わらず所有権だけ移転してしまった場合には、「早めに引渡しや登記をするように」と呼びかけるのみにとどまっています。

残念ながら、中国は引渡し(不動産は登記)と所有権移転がズレるときは例外的場合であるため、法律に詳しく規定がなされていないというのが現状です。

中国での二重譲渡

実際に裁判の判決書や征収によって、引渡しや登記が済んでいないものの所有権だけ先に移転したモノを、第三者に自分が真の所有者だと偽って売却や譲渡をし(二重譲渡)、引渡しや登記を先にしてしまった場合はどうなるのでしょう。やはり、法律上の規定はありませんが、最高人民法院(中国の最高裁判所)の裁判官が興味深い論文を発表しています。そこでは、「実際に引渡しや登記を済ませた第三者が、裁判の判決書や征収によって所有権がなかったことを知らずに購入や譲受をした場合にはその第三者の購入や譲受の行為は保護すべきである」と書かれています。

つまり、既に所有権がないことを知っていてそのモノを取得した場合には、そのモノの完全な取得はできないが、知らずに取得した場合には完全な取得ができるというようにしようという意味です。

残念ながらこの論文は法律ではないので、必ずこのように判断されるとは限りませんが、最高人民法院の裁判官が書いた論文なので、高い確率で実務ではこのような判断がなされるものと予想されます。

その他の場合

また、裁判の結果や収征だけではなく、相続が発生した場合にも、相続した瞬間に所有権が移転していたり(物権法第29条)、合法な建造物の建設や取壊しの場合にも、登記をしていなくても建設時や取壊し時に所有権が発生もしくは消滅している(物権法第30条)という例外が規定されています。


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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