目から鱗の中国法律事情 Vol.31「日中の物権変動の時期」第2回

2019/05/08

前回は、日本と中国の物権変動(所有権の移転など)の時期の違いについて話をしました。今回はその続きです。

 

日本での引き渡し前のモノの法的状態(続き)

日本では、売買に合意したけれども、まだ引き渡していない場合は「所有権は買い手が持っているが、実際には売り手が所持している」という状態です。そのため、例えば売買に合意して、引き渡しまでに長期間要する場合には、売り手が所持している「買い手が所有権を持っているモノ」を別の人にまた売ってしまうかもしれません。このように、一つのモノを引き渡し前に複数回売ることを「二重譲渡」と呼びます。二重譲渡がされた場合、日本では意思の一致のみで物権変動が生じるので、買い手が複数存在することになります。この場合、実際にモノを引き渡された人が、他の買い手に対して所有権を主張できることになります(日本の民法第178条)。日本での「引き渡し」はこのように買い手が複数存在する場合に初めて重要な意味を持ちます。引き渡しを得られなかった買い手は、買ったはずのモノを結果として得ることはできませんが、複数の人に売った売り手に賠償請求などはできます。なお、この「二重譲渡」という考え方は、物権変動が意思の一致のみで起こるために発生する問題です。そのため、物権変動が交付で発生する中国では、「二重譲渡」という問題すら発生しません。

 

 

不動産の場合

ここまで、「モノを売る」「引き渡す」などの言葉を使ってきましたが、土地や家など不動産の場合はどうなるのでしょう。不動産の場合は「交付」「引き渡す」の言葉を「登記」に読み換えれば基本的に同じです(日本の民法第177条。中国の物権法第9条)。つまり、日本では土地なども基本的に「買います」「売ります」の合意のみで所有権は移転しており、「登記」は買い手が複数現れた場合にのみ、意味を持つ」ことになります。(もっとも、中国では土地は国有か集団所有のため「土地の所有権」は存在せず、単に「使用権」が認められるのみです)

 

 

中国の物権変動が交付・登記時の理由

中国では物権変動の時期がなぜ「交付」もしくは「登記」時なのでしょうか。これは「政府が管理を行うため」と言われています。つまり、計画経済を経験し、現在も国内の状況につき政府管理を行っている中国では、所有権が常に登記や実際に所持している人と一致していないと困るのです。社会体制の違いが、物権変動の時期の違いを作っていると言えます。

なお、今まで「原則として物権変動の時期は」といつ表現をしてきました。日中両国とも、「法律に特別の定めがある場合を除く」という条文があるので、特別の規定がある場合には、物権変動の時期は交付・登記時(日本では意思表示時)ではなくなることがあります。

 

 


高橋孝治〈高橋孝治(たかはしこうじ)氏プロフィール〉
立教大学 アジア地域研究所 特任研究員
中国法研究を志し、都内社労士事務所を退職し渡中。中国政法大学博士課程修了(法学博士)。中国法の研究をしつつ、執筆や講演も行っている。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会)。詳しくは「高橋孝治 中国」でネットを検索!

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