総合健康診断サービス「メディポート」健康コラム:新興感染症

2019/04/24
メディポート代表:堀 眞

メディポート代表:堀 眞

少し暑くなってくる今の季節、毎年この時季になると思い出すのがSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行し市民生活が混乱した時のこと。2003年3月12日にWHO(世界保健機関)が警告を発して以来、制圧が宣言された7月5日までに、世界で8,422人の患者と912人の死者を出しました。香港はじめ関係の国から多くの日本人、特に駐在員家族が帰国したことはもちろん、街を歩く人々はほぼ全員がマスク姿となり、空港や駅などは閑散とした異様な光景となっていました。もう香港はなくなってしまうのではないかという悲壮感も漂っていたものです。

それでも人々は普通の生活を営んでいたわけであり、日本国内で伝えられているような悲惨な状況にはなっていませんでした。私が日本のテレビ番組の電話インタビューを受けた時のこと。事前の打ち合わせをしないままでのぶっつけ本番。スタジオでは、香港のいかにもたいへんな様子が、香港在住日本人から伝えられるものと期待していたようです。

ところが私があるままの状況を話したところで、スタジオの進行役はかなり慌ててしまったかの様子が、電話を通して伝わってきたものです。一瞬申し訳ないなという気持ちがしたものの、それまで「日本で伝えられていた視聴者受けする場面ばかりを切り取って報道されていること」に在住邦人の多くが辟易していたこともあり、遠慮はいらないと瞬時に思いなおしたものです。

SARSはその前年の秋頃から、中国で起きたこれまでに経験したことがない肺炎として伝えられていました。酢を室内で炊けば良いと信じられ、中国内ではあっという間に買い占められてしまい、さらには香港で購入されたものがせっせと大陸に運ばれてしまったため、香港のスーパーをはじめ、あらゆる商店から酢が姿を消してしまいました。酢で感染予防ができるわけがないことくらい考えなくても分かりそうですが、初めて現れた感染症を前に、中国の人々は冷静な判断力を失ったかのようでした。

ところでWHOによる新興感染症の定義は、「かつて知られておらず、過去20年間に新しく認識された感染症で、局地的に、あるいは国際的に公衆衛生上の問題となる感染症」とされています。発生の初期の段階においてはその毒性などがはっきりしていないことが多く、大きな不安感を呼ぶものであることは想像に難くありません。近年では香港で死者18人を出した鳥インフルエンザ(H5N1)、豚由来インフルエンザ(H1N1)、O157などの新しい感染症が繰り返し現れています。

現在、近い将来流行するであろう新興感染症として、鳥インフルエンザが変異した「新型インフルエンザ」が筆頭に挙げられています。最近の発生状況はごく少なくなっているものの、これまでの状況を顧みるといくつもの種類の鳥インフルエンザ感染が世界中で散発的に発生しています。現在のところほぼ鳥類のあいだだけの感染にとどまっていますが、ウイルス構造の変化からヒトに感染しやすくなることが懸念されており、国際機関などでは常時監視活動が行われています。

ところで新興感染症の流行が突然はじまったら、我々はどのように対応すれば良いのでしょうか。SARSが流行した当時の香港での混乱を思い出すと、やはり最も冷静な対応が求められるのはマスコミではないかと思います。当時は不安を煽ってしまうような報道が目立っていたと記憶しています。ただ、マスコミの報道に限らず、ネットを通してあらゆる情報にアクセスできる時代であり、一般市民がどのような情報にアクセスするべきであるかを日頃から考えておかなければいけません。詳しくは書きませんが、政府機関など公的な研究施設や大学などが発している情報を得ることが好ましいのではないかと思います。

正しい情報で状況を的確につかむと共に、自分自身が身を守る方法も理解しておかなければいけません。残念ながら完璧な安全を担保できる術はありませんが、基本的な予防法は実行したいものです。たとえば鳥など感染源から離れることが第一にあげられます。現在のインフルエンザに共通する接触感染であれば、手洗いの励行がかなり有効な感染予防手段になります。ふだん子供にも手洗いは厳しく指導しますが、食中毒など多くの感染症予防においても手洗いは最も有効であることは誰もが認めることです。たとえ新興感染症といえども接触感染するものであれば同じです。

新しい感染症は必ずしも毒性が強いものであるとは限りませんが、いずれにしても医学的あるいは公衆衛生上の問題は決して小さいとは言えません。毒性が弱くて問題にはならない程度のものまで含めると、新たな感染症は常に生まれているといっても過言ではありません。SARSの際に経験した混乱が再現される日が来るのかもしれません。医学も日進月歩で急速に進歩しており、インフルエンザに関しても万能ワクチンが開発される可能性もあります。抗生物質が感染症治療に革命的進歩をもたらしたように、新興感染症に対しても心配が要らない時代が来るのかもしれません。そのような期待の一方で、万が一の際に自分自身がどのように行動するのかも考えておく意義はとても大きいものと思われます。

 

 

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