肉特集 PartⅡ ジェトロ香港 前田 久紀さんに聞く!『香港における日本産食肉の流通事情』

2020/07/01

ジェトロ香港 前田 久紀さんに聞く!

『香港における日本産食肉の流通事情』

香港において、日本産食肉の流通事情・実態はどのようなものなのだろうか。
日本産のお肉を扱うスーパーマーケットやレストランは目にするものの、
その実情は消費者からすれば不明な点も多い。
そこで、日本国内外のネットワークをフルに活用し、
農林水産物・食品の海外への輸出拡大などにも取り組む、
「日本貿易振興機構(ジェトロ)」に注目した。
ジェトロは、ここ香港にも事務所を構える。
今回は、ジェトロ香港事務所の前田さんに和牛を中心とする、日本産お肉のお話を伺った。

 

Mr.Maeda 

 


香港における、肉の輸入規制について

PPW:まずは、香港における2007年の日本産和牛輸入解禁や、その他日本産お肉(豚・鶏など各種)の香港における歴史について教えてください。

前田さん:2001年にBSE(牛海綿状脳症)が発生し、それに伴って、ここ香港でも日本からの牛肉の輸入が一時禁止されました。その後、2007年に6年越しで解禁されました。それ以降現在では、香港で日本からの牛肉・豚肉・鶏肉ともに家畜感染症関係では特別な輸入規制はありません。ただし、食肉貿易の関係者が留意している点は2つあります。1つは、香港と日本の政府が共に認めた「指定と畜場」を経由して輸出されること。もう1つは、放射性物質検査です。2011年の東日本大震災での原発事故の影響で、福島県と群馬県、茨城県、栃木県及び千葉県で育った、あるいは、と畜・加工された家畜の肉を香港に輸出する場合は、香港政府が定める放射線物質検査証明書の添付が必要となる、ということです。これは現在でも続いています。一方、BSEの関係もあり、牛肉は、豚や鶏に比べて食肉処理の手続きが厳格に定められており、特定危険部位(全年齢の扁桃及び回腸遠位部、30ヵ月齢超の頭部(舌、頬肉、皮を除く)と脊髄及び脊柱)を除いた食肉のみが国内外で流通しています。ちなみに香港向け牛肉の指定と畜場は、現在北海道・岩手・群馬・岐阜・兵庫・熊本・大分・宮崎・鹿児島の9道県13ヵ所に存在しています。

 これは日本国内の話となりますが、2001年BSE発生以降、どの牧場で育ち、どのと畜場を経由して販売されているのかなどについて、消費者の皆さんに情報提供する意味で、産地まで遡って追跡可能にする「牛トレーサビリティ制度」が2003年から法制化されました。これにより、日本国内のスーパーなどで販売されている牛肉のパックに表示されているQRコードを読み込むと、牛の産地、と畜場所、販売者などの履歴情報が検索可能となっており、より安心して牛肉を召し上がっていただけるようになっています。香港を含む海外の小売店で日本産和牛をお買い求めいただく際には、「和牛統一マーク」(後述)が貼られている商品を目印にしていただくのがよいでしょう。

 少し横道にそれますが、香港での日本食の歴史を少しだけ。香港で日本食レストランや日本食材輸入企業などで組織される「香港日本料理店協会」の25年記念誌から引用させていただきますが、それによると、日本料理店が香港に進出したのは20世紀はじめの頃で、当時日本からヨーロッパに向かう商船の補給地として香港に寄港することが増え、日本人船員向けの旅館やレストランができていったとのことで、1873年(明治6年)に日本国領事館(現・日本国総領事館)が開設されたのも契機となったようです。その後太平洋戦争を経て、1950年代に領事館が再開し、日本人倶楽部もオープン、大手企業の駐在員も続々と進出し、それに伴い日本料理店も開店し始めました。1970年代に入ると、鉄板焼きやすき焼きなどを提供するレストランが人気を集め、この頃にはすでに神戸牛をはじめとした日本産和牛が入ってきていたようです。1970年代後半に香港にあった日本料理店は24軒と言われていますが、香港統計局が公表しているデータによると、日本料理店の数は2000年には580軒、2020年現在では1,400軒と、ここ香港での日本料理店はこの20年で2.4倍に増加しました。

 日本産牛肉を使った料理は、主に日本食レストランで提供されていますが、最近では、和牛を使ったメニューを提供する香港の中華料理店も少しずつではありますが、増えてきました。その背景は香港の皆さんは日本文化、そして、日本食が大好きな「日本ファン」の方が多い、ということもさることながら、何よりもその「味」が人気の秘訣です。香港の人たちが好む味には2つの特徴があると言われており、1つは「ほのかな甘さ」、そして、もう1つは「脂」です。和牛の特徴と言われる「口に入れるとゆっくりと、やさしく溶けていく、甘い脂の食感」がそれに合致するようです。

 


各種肉(鶏・豚・牛)の年間輸入量と、その推移について

PPW:日本食レストランが増えてきているとのことですが、実際の輸入量の推移はいかがでしょうか?

前田さん:農林水産省が公表している日本から世界への農林水産物・食品の年間輸出額(2019年)のうち、香港は22.3%と断トツの首位です。実は、日本の農林水産物・食品が輸出されている先は、2005年から15年連続で香港が首位なんです。

 

 そして、そのうちの6.6%が畜産物です。日本から世界へ輸出される肉のうち、香港向けの割合を種別に見ていくと、世界全体の輸出額のうち、それぞれ牛肉が17.1%(50.7億円)で第2位(首位はカンボジアで29.2%)、豚肉は66.1%(7.5億円)で第1位、鶏肉は61.8%(12億円)で第1位となっています。

 日本産牛肉の香港への輸出額の推移ですが、農林水産省の公表データによると、2015年には約30億円でしたが、2019年には約51億円と約1.7倍まで増加してきています。これには、香港での日本食レストランが増えてきているという背景もありますが、香港の皆さんが日本への旅行も大好きであることも良い影響を与えていることが大きい思います。「HongKongWalker」など広東語で発信されている日本に関する情報、とりわけグルメ、日本酒などを扱う雑誌、SNS媒体が人気であること、日本各地への航空機の直行便が多く運航されるようになったことなども相まって、香港からの訪日観光客は10年で4倍にも増えました(2008年55万人→2018年220万人)。日本各地で味わった日本食を香港でも手軽に味わいたいというニーズが高まったことに後押しされているとも言えるのではないでしょうか

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九州産食材を使用したレストラン急増の背景

PPW:九州産食材を使用したレストランが多数出店していますが、何か大きな理由があるのでしょうか?

前田さん:例えば、尖沙咀(チムサーチョイ)の「櫓杏」「元気一杯」「Beefer’s」、銅鑼湾(コーズウェイベイ)の「佐楽」、主に九龍半島側に店舗を展開する「別府麺館」など、九州産の食材を使ったレストランの人気も根強いですね。九州産食材が多く香港で見られ、関連する飲食店がある背景には、① 距離が近いので、食材の輸送に便利であること、② 歴史的にも交流が盛んであり、九州・沖縄の都道府県の多くが、駐在員事務所を構えており、観光のみならず食材の販売にも力を入れられていること、③ 地理的に近いことで香港の皆さんが一度は旅行に行ったことがあると思われること、④ 牛肉は指定と畜場が多いことが、挙げられると思います。

 牛肉の香港向け指定と畜場も全国9道県、13か所のうち、4県8か所が九州にあります。このように指定と畜場がたくさんあることで、九州産の牛肉も香港に入ってきやすいと言えるでしょう。

 日本産食材、特に鮮魚、和牛、青果物の鮮度を売りにしているレストランも多いですから、飛行機で冷蔵の状態で運ばれるものも多いです。例えば福岡からの直行便なら片道3時間半ほどで香港に到着します。九州産の鮮魚や野菜を売りにしているレストランもあります。あるシェフ曰く「和牛でも例えばヒレなどの脂の少ない部位は味が変わるので、冷蔵物を使う」とのことですから、航空機輸送にて新鮮な食材を短時間で輸入出来るメリットは大きいと言えます。

 また現在は、コロナウイルスの影響により、停止中(5月末現在)なのですが、沖縄から香港行きの貨物直行便も運航していました。九州各地の産品もそうですが、沖縄を経由して香港に入ってくる日本各地の鮮魚、青果物も多かったです。

 多くの日本食シェフから「日本全国各地の旬の、新鮮な食材が黙っていても集まる香港は日本食材の宝庫」との声も聞きます。今は新型コロナウィルス感染症の影響で、日本好きの香港の皆さんも日本には旅行出来ませんが、日本産食材は滞ることなく輸入されていますので、引き続き日本産食材をここ香港で味わっていただきたいですね。

 


日本産和牛 vs 海外産Wagyu

PPW:香港における、日本産和牛と海外産Wagyuの差別化について教えてください。

前田さん:日本産和牛が解禁されるまでは、豪州産Wagyuが高級牛肉と位置づけられていたようです。香港統計局のデータによると、2019年の香港における生鮮・冷蔵肉の輸入金額での首位は豪州で全体の約34%となっており、日本は16%で第3位。ただ、キロ単価で比較すると、約3.5倍の価格となり、日本産牛肉の方が高くなっています(豪州HKD119.5、日本HKD412.7)。また、牛肉輸入卸売業者や、レストラン関係者の方々にお話を伺うと、お客様も、価格やそのときの状況(普段の食事なのか、特別な日の食事なのか)に応じて、豪州産Wagyuにするか、日本産和牛にするかを選んでいるそうです。このような観点からも、自然と差別化ができているように感じます。

「和牛統一マーク」 出展:日本畜産物輸出促進協議会ホームページ jlec-pr.jp/ja/beef/beef-logomark/

「和牛統一マーク」
出展:日本畜産物輸出促進協議会ホームページ
jlec-pr.jp/ja/beef/beef-logomark/

 2007年に日本畜産物輸出促進協議会(公益法人中央畜産会内)が、「世界の人たちに本物の和牛の美味しさを味わってもらいたい」という思いから制定した「和牛統一マーク」があり、約40もの国々で商標登録されています。もちろん香港でも使用されており、香港内の小売店でも「和牛統一マーク」が貼られた日本産和牛が販売されているのをよく見かけます。

出展:日本産食材サポーター店認定制度 ホームページ(ジェトロ) www.jetro.go.jp/agriportal/supporter/

出展:日本産食材サポーター店認定制度
ホームページ(ジェトロ)
www.jetro.go.jp/agriportal/supporter/

 また、日本産食材を使用しているレストランをお探しいただく方法の1つとして、農林水産省が制定した「日本産食材サポーター店」制度における認定ロゴマークを目印にしてみていただくのも良いかもしれません。このマークはお肉に限ったものではありませんが、日本の食材とお酒などを随時提供し、メニューで確認できるお店に対して認証及び認定証を発行させていただいている印となるものです。ジェトロもこの「日本産食材サポーター店」の認定団体の1つとなっています。香港には2020年4月末現在で、小売店550店、飲食店350店の計900店舗の「日本産食材サポーター店」があります。

 


今後の動向や、留意点について

PPW:日本産肉の輸入はまだまだ伸びていくと予想されていますか?また、今回のコロナウイルスによる影響はどのようなものだったのでしょうか?

前田さん:新型コロナウィルス感染症拡大の局面の中、香港市民が外出や外食を控えるようになりました。香港政府も新型コロナウィルス感染症拡大防止の観点から、飲食店の営業規制を導入しました。3月28日(土)から5月7日(木)まで、① 座席は5割未満の使用(4月23日(木)で規制解除)、② 1テーブル4名まで、5名以上の同席は禁止。5月8日(金)からは1テーブル8名まで同席可)、③ テーブル間隔は1.5m以上空ける、④ レストランの中にあるバーカウンターを閉鎖、との措置を取りました。日本産食材を扱う飲食店関係者のお話を伺ったところ、2~4月のレストランの売り上げは対前年比で5~8割減とおっしゃる方が多いように感じます。

 一方で、5月8日(金)以降はレストランの営業規制も緩和されたこと、また、5月10日(日)の「母の日需要」もあったことから、対前月対比で1.5倍、また対前年比で2~4割減まで売り上げが持ち直したとおっしゃる関係者もありました。ある卸売業者さんも、レストランにお客様が戻り始めてきていることから、少しずつ注文が増えてきたとおっしゃっていたことは、明るい兆しが出てきたと言えるかもしれません。

 しかしながら、全般的に「コロナ前」までレストランの売り上げが戻るにはもう少し時間を要するかもしれない、というのが大方の見方でもあり、私もそのように思います。香港での新型コロナウィルス感染症の「域内感染ゼロ」が4月20日から5月12日までの23日、5月15日から6月1日までの18日、と連続する日が出てきており、域内感染が抑制されつつあると見方があることも承知しています。一方で、飲食店関係者によれば「『域内感染者』が出ると明らかに人出が減る」との声もありますし、気を緩めるのはまだ早いとは思いますが、状況を見ながら香港の皆さんが気軽に外食をしていただくことが、香港での日本産食材を利用される飲食業に携わる皆さんの売り上げ回復につながるのだと思います。

 一時期の「豊洲市場でのマグロやウニなどの高級食材が卸値で3割安」との日本国内の報道も承知しています。国内の生産者を海外から応援できるよう、香港の皆さんがもっと気軽に外食に出かけられ、日本産食材を味わっていただく日が来ることを待ち望んでいます。

 ジェトロではこれまで力を入れてきた対面式かつ従来型の展示・商談会の開催が当面不透明かもしれないことを考慮し、日本産食材の輸入拡大、食品の輸入企業及びレストランの皆様を引き続き後押しさせていただく方法の1つとして、今後オンライン形式での商談会の開催も検討しています。この世界的な新型コロナウィルス感染症の影響の終息を願ってやみません。

 

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前田 久紀(まえだ ひさのり)さん
日本貿易振興機構(ジェトロ)香港事務所 市場開拓部 部長
秋田県出身。在米国ナッシュビル日本国総領事館などの勤務を経て、2018年に農林水産省からジェトロ香港事務所に出向。趣味は、日本産酒類に合う食材探し。休日は、散歩(街歩き、食べ歩き、山歩き)をして過ごしている。

 

JETRO_logo 2日本貿易振興機構(ジェトロ)香港事務所(JETRO Hong Kong)
住所:Rm. 4001, 40/F., Hopewell Ctr., 183 Queen’s Rd. East, Wan Chai
電話:(852)2526-4067
ウェブ:www.jetro.go.jp/jetro/overseas/cn_hongkong

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